人間と機械の心に染みる物語を旧型アンドロイドの修理を通して描く“メカバレ”パズルアドベンチャー『Fix My Junk.』
人の外見を持ちながら、その内部の機械構造が露わになったロボットと思しき誰かの姿。
これはいわゆる「メカバレ」と呼ばれる表現手法で、サイボーグ、アンドロイドといった人間を模したロボットの内部メカが露出された状態のこと。主に製造や破壊、メンテナンス、修理の過程における表現として用いられるものでもある。
今回ピックアップする『Fix My Junk.』(フィックス マイ ジャンク)は、そんな「メカバレ」を題材にしたゲームである。
上記タイトル画面のスクリーンショットの通り、内部メカの描写は人間の身体構造を思わせる精巧さとなっている。血管に見立てたケーブル、骨格を模した金属フレーム、そして複雑に絡み合う回路の数々。これらの表現は、人によってはショッキングな印象を与えるかもしれない。
もし、上記のスクリーンショットを見た時に背筋がゾッとしたり、抵抗感を覚えたのならば本作は触れない方が賢明である。逆にメカバレを題材にしたゲームとの特徴に興味を抱いたのなら、本記事を読むのは後回しにしてでも始めていただきたい。相応の体験と感動が本作には凝縮されているからだ。
とは言え、多少はゲームの情報を得ておきたい……のであれば、以降の段落を参照いただければと思う。
念のため、ストーリーの核心部分に迫るネタバレへの言及は避けているのでご安心を。
故障したアンドロイドを直す「修理士」となり、即刻廃棄場行きレベルの旧型アンドロイドを直せ
改めて本作『Fix My Junk.』は、2025年3月22日より「ノベルゲームコレクション」にて配信中のWindows PC、ブラウザ向けフリーゲームだ。
本作の舞台となるのは、人間とアンドロイドが共存する近未来の世界。主人公(プレイヤー)は故障したアンドロイドの修理業務を専門とする「修理士」として働いている。ある日、主人公の元に本来なら即刻廃棄場行きレベルの重篤な故障を抱えたアンドロイドの修理依頼が舞い込んできた。しかも、そのアンドロイドは製造20年モノの旧型機である。
依頼主の元へと出向いた主人公は、そこで件のアンドロイド「ハリマ」と出会う。各部位の損傷具合を確かめた主人公は、ハリマの「事前に修理する箇所を提示し、それ以外の場所は一切触るな」との指示に従う形で、数日がかりの修理に挑むことになる。果たして主人公はハリマを修理しきれるのか、というのがオープニングのあらましとなる。
ゲームの内容は、アンドロイドの解体・修理の要素を採り入れたパズルアドベンチャーゲームだ。本編は「会話パート」と「修理パート」の2つのパートで構成されており、それらを順番にこなしながら進めていく。
各パートについて説明すると、まず会話パートでは、修理対象のハリマと依頼主の男性「ミオマル」、そして修理士の同僚である「ツツミ」とのやり取りが主となる。つまるところ「アドベンチャーゲームのパート」である。
やり取りの過程では、話題(選択肢)を選ぶ場面も用意されている。ただ、どの話題を選んだかによってその後の展開が変化するような仕掛けはない。基本的にこのパート自体は1本道で、話題を選ぶ場面でもすべて聞き終えれば次へと進む設計となっている。
そして、会話パートが一通り終わると本作の核心たる修理パート、ハリマの故障部位を直すパズルゲームのパートが始まる。
パズルは基本的に「絵合わせ」「間違い探し」などのマウスのクリック操作だけで楽しめるシンプルなものが中心だ。これを解くと修理はクリアとなり、そのままいくつかの会話を経て、1日の日程は終了になる。
その後、また会話パートと修理パートを繰り返していく形。これが本作の主な流れおよび遊び方となる。アンドロイドの解体と修理と聞いて、複雑で手を焼きそうなものをイメージしたかもしれないが、前述のように用意されたパズルはシンプルで取っつきやすいものが主体だ。それなりに頭を使うことはあれど、題材とは裏腹の気軽に楽しめるゲームに仕上げられている。
その意味では、正確には「ライトなパズルアドベンチャーゲーム」と言えるかもしれない。
修理を通して描かれる、アンドロイドと依頼主の驚きと感動が詰まったストーリー
本作の魅力は、ボロボロのアンドロイドを解体・修理していくメカ好きの心を刺激する内容もそのひとつだが、それ以上のインパクトを秘めているのがストーリーである。
オープニングのあらましから、長いこと誰も修理できなかったボロボロのアンドロイドをあらゆる手を尽くして直し、正常に動くようにしてあげることを目指すという内容をイメージするかもしれない。
だが、実際はこの旧型アンドロイドことハリマと修理を依頼したミオマルの関係性と、そこに隠された謎に迫っていく若干のミステリー要素も交えたストーリーになっている。そもそも、冒頭からしてプレイヤー側にはいくつかの気がかりな謎が提示される。
先ほどのオープニング紹介では触れなかったが、ハリマは製造20年モノの旧型アンドロイドでありながら、過去、一度も修理を受けずに現在までミオマルと共に過ごしてきたという。ミオマル自身は修理を受けるようハリマへの説得を続けてきたようだが、今まで頑なにそれを拒み続けてきたらしい。
それでようやく今回、修理を受けることを決心したようなのだが、なぜ今ごろになってその気になったのか?また、実際に修理を開始するにあたって、主人公はミオマルの自宅内に旧型アンドロイドの修理に適した環境が整備されている実態も知らされる。
どうしてこんな環境が揃っているのか?そもそも、ミオマルとは何をしている人間なのか?ハリマとはどこで出会い、今の関係を築いたのか?こうしたいくつかの謎が示されたうえで、本編およびハリマの修理は進んでいくのである。
これらの謎は修理が進展していくにつれ、少しずつ紐解かれていくのだが、きっと「えっ……!?」と声を上げてしまうかもしれない。詳細は見てのお楽しみだが、色んな意味で“崩れる”展開が中盤から終盤にかけて展開されるのである。
そこに直面して以降はおそらく、ゲーム本編の進行を止められなくなってしまうだろう。同時にその後、プレイヤーこと主人公が取り組むことになる修理には、思わず心が締め付けられるような思いをするかもしれない。そして、無事すべてを終えた後には、ハリマとミオマルに幸ある未来があることを心の底から願いたくなってしまうはずだ。
筆者個人の率直な感想を書くなら「大変いいものを見せていただきました……!」のひと言に尽きた。特に中盤の終わりから終盤にかけて噴出する“情報の量”は圧巻で、こりゃ絶対に修理してあげなくちゃダメだろうとの使命感にかられるほどだった。
肝心の修理ことパズルもストーリーの展開と巧みに連動し、時には盛り上がりを演出する重要な役割も果たしている。逆にパズルがあると、ストーリーの続きを見たいのに解法が分からなくて行き詰まってイライラしてしまうのではないかとの懸念を抱くかもしれない。しかし、前述したようにパズルの多くは「絵合わせ」「間違い探し」といった手軽に取り組めるものが中心だ。
中盤以降になると多少、難しいものも出てくるが、脳ミソを絞りに絞って干からびさせるほど働かせるレベルのものはない。一部、総当たり作戦が効くパズルもあるので、それほど悩まされることなく進めていけるバランスである。多少、個人差が生まれることは否定しないが、ストーリーの進行を邪魔せず、かといって空気にもならない適切な加減でまとめられているので、楽しく取り組めるだろう。
何より、パズルごとに固有の“メカバレ”グラフィックを用意しているため、「次はどんなメカバレが描かれるのか」との興味を刺激する点もある。メカ好きならむしろストーリー以上にパズルへの関心が高まってしまうことすらあり得るほどだ。遊びやすさと適度な手ごたえを担保しつつ、先へと進む動機のひとつとしても活かしたまとめ方には、思わず唸ってしまうだろう。
この20年モノの旧型アンドロイドは最終的に現役当時の頃の状態に戻れるのか。それによって依頼主の思いは救われるのか?
ここまでの紹介で少しでも関心をもったなら、ただちに「ノベルゲームコレクション」のサイトへと出向き、ゲームデータのダウンロード、もしくはブラウザ版のプレイを開始してほしい。想像以上の濃い時間を過ごすことになるはずだ。自信を持ってお約束する。
メカバレに関する驚異的なこだわりが炸裂したグラフィックも見逃せない傑作
ここまでのスクリーンショットからも明らかだが、本作はグラフィック全般へのこだわりも凄いことになっている。特に1枚絵(スチル)は修理パート以外にも相当な数と差分が用意されていて、思わず「スゲェ……」と衝動的にボヤいてしまうほどだ。
中でも力の入れ具合が飛び抜けているのが、修理パートにおけるメカバレ絡みの表現。本物の人間と錯覚してしまうほどの精巧さは、表現への耐性がある人でも思わずゾッとする瞬間があるほどである。これを活かした軽めのドッキリ要素もあるのも、色んな意味でインパクト十分だ。
念のため、軽めなのでそこまで心臓に負担がかかるほどではないが、ややトラウマになり得る表現が存在することにはあらかじめ覚悟しておくことを推奨する。どんな表現かは伏せるが、そうすれば平常心を保って直視できる……はずである。多分。
力の入れ具合は会話差分でも炸裂している。実は本編には選択肢に応じて聞ける話題や内容が変わる仕掛けが数パターン用意されているのだ。
そのトリガーになるのが、主人公がハリマとミオマルの自宅へと向かう時と帰る時の車内で聞くラジオ。このラジオ、5つのチャンネルがあり、どのチャンネルを選んだかによって、ハリマとミオマルに触れる話題が変わり、固有の会話を楽しめるのだ。
これ自体はゲームクリアやエンディングには一切影響しないものだが、そのパターンがやたら多く、しかも1回のプレイではすべて聞ききれない量が用意されているのは純粋に圧巻だ。1枚絵の数も凄いが、こうした会話においてもボリューム感を出す工夫を凝らしているのには、色んな意味で「そこまでやるか……!」といい意味でツッコみたくなってしまうだろう。
ほかにキャラクターに関してもとりわけハリマは非常に魅力的で、ぶっきらぼうな態度(しかも一人称が「オレ」)と修理の進展に応じて徐々に主人公への信頼を深めていく様子には色んな意味で心をくすぐられること請け合いだ。それとは対照的な性格のミオマルとの組み合わせも、絵に描いたようなデコボコっぷりで微笑ましく感じてしまうはずだ。
総じて魅力たるストーリーもさることながら、それ以外の部分にも異様なまでに力の入った作り込みがなされた本作。冒頭で言及したように、メカバレの表現に抵抗を覚えた人にはオススメしにくいが、そうでない人なら今すぐにでもプレイしてほしい力作にして傑作である。
全体のボリュームも2~3時間ほどと中編規模ながら、細かな差分などを含めて網羅しようとすればかなり楽しめる。詳しくはその場に直面してからお楽しみだが、エンディング分岐の要素もあり、それもなかなか凝った仕上がりになっているので必見だ。(※ちなみにエンディングの分岐に関して、修理パートの成績が響くような要素は皆無なのでご安心を)
ボロボロな20年モノの旧型アンドロイドの修理に挑んで、依頼主の願いを叶えてあげよう。
アンドロイドであっても、その者は大切な存在なのだ。
さあ、修理士としての使命を果たせ。
[基本情報]
タイトル:『Fix My Junk.』
作者:安納ウニオ
クリア時間:2~3時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格(税込):無料
◇ダウンロード・プレイはこちら
・ノベルゲームコレクション
https://novelgame.jp/games/show/11362