原作最大の謎への回答が24年越しに示される――“今、リメイクすること”自体をメタ構造に組み込んだSFサスペンスADV『ANGEL WHISPER』

アドベンチャー,インディーゲーム

オカルトブームにおける一大トピックとして「ノストラダムスの予言」が社会現象にまでなっていた1999年。それを作中に盛り込んだアドベンチャーゲーム『ANGEL WHISPER(エンジェルウィスパー)』がインターネット上で公開された。

「あるゲーム作家の遺作をプレイする」というメタ構成や、実在するWebサイトやメールマガジンから情報を得ながら攻略していくという、今で言う代替現実ゲーム(ARG)の先駆けのようなゲームデザインが特徴。ゲームと現実が交錯する中で作品はSF色も増していくのだが、そうして到達したエンディングはなかなかに衝撃的で、どう解釈すべきか戸惑うようなものであった。開発元のChild-Dreamには、「ゲームをプレーし終わったが、自分は大丈夫なのか?」などというコメントも寄せられたという。

それから24年経った2023年の9月、同作のリメイク版がNintendo Switchでリリース。翌2024年の1月にはSteam配信も開始された。原作ゲームに新たな導入パートやエピローグが被さり、「今、このゲームをリメイクすること」自体も作品のメタ構造に組み込まれている。ある意味、原作最大の謎に自ら決着をつけに行く作品ともなっているので、作品を紹介しつつ、そのあたりも読み解いていきたい。

なお、Switch版のリリースからはそこそこ日が経ったということもあり、とくに記事の後半では致命的ではない(と筆者が考える)範囲で、ややネタバレ寄りの話にも踏み込んでいる。気になる方はご留意いただき、各自の基準で「そろそろヤバそう……」というあたりで引き返していただければ幸いだ。

「あるゲーム作家の遺作をプレイするゲーム」のリメイク版をプレイするゲーム

リメイク版『ANGEL WHISPER』のプレイを開始すると、ゲーム作家「由島博昭」の娘である「由島美瀬」によるビデオメッセージが再生される。同様の内容はPVの冒頭でも見ることができる。

プレイヤーは彼女の父が姿を消す前に遺したゲーム「ANGEL WHISPER」のプレイを依頼される。そこから先は、シナリオ的にはおおむね原作を踏襲した形で進行。キャラクターなどのグラフィックは現代向けに一新されつつ、時代背景は原作を引き継ぎ1999年前後が舞台となる。というわけでここからは、『ANGEL WHISPER』の作中作「ANGEL WHISPER」の内容を紹介していこう。

「ANGEL WHISPER」の主人公は、作者である由島博昭自身。彼は1998年5月、ゲーム会社「レムソフト」に招かれ、ノストラダムスの予言を題材にしたゲームの制作を開始する。同時に集められたスタッフ達とチームとして結束を深めつつ制作を進める由島だったが、ある日開発室で人が亡くなっているのを発見。病死と片付けられるが不審に思う点があり、独自に調査することを決意する。

気の合う仲間達も集まり、充実したゲーム制作を進める由島だったが……

また、それらと並行するように、由島は自分以外に誰もいない、美しくも静かな大地の夢を繰り返し見るようになる。現実で訪れた記憶はないのに懐かしさを覚える風景に戸惑う由島。一方現実側でも調べを進める中で、由島自身の身の回りにも不可解な出来事が起き始め、やがて由島は得体の知れない「とある存在」と対峙していく。

由島が繰り返し見る、誰もいない静かな大地の夢。神秘的でどこか郷愁を誘うようなBGMも印象に残る

サスペンス色の強い中盤からSF要素が存在感を増していく終盤へと、物語のスケールがどんどん増していき、SFとオカルトがない交ぜになったような独特の世界観が展開していくのが圧巻だ。途方もない存在に使命感と覚悟を持って立ち向かっていく由島の姿が主人公らしく描かれると共に、作品のメッセージ性も強まっていく。

また本作の設定の中には、スマートフォンとSNSが普及している現代ならそこまで突飛な発想ではないと感じるものもあるのだが……原作リリースは1998年。どちらも原型と言えるものがあったかどうかというレベルの時代である(例えばmixiの開始が2004年、国内初のスマホと言われるW-ZERO3のリリースが2005年)。SF展開の中で語られる大きなテーマも含め、時代を先取りするような内容に驚かされる。

仲間やライバルなど、さまざまな立ち位置で由島と関わるゲームクリエイター達のゲームや創作への想いが語られる、ゲーム制作ものとしての側面もある。そうしたシーンもサスペンス要素と絡めて描かれることが多いが、だからこそ本音で語られる、切実な言葉として心に残ることだろう。

ゲーム制作ものとして、クリエイター達のゲームや創作にかける想いも垣間見ることができる

24年を経て失ったものと、新たに得たもの

「メタフィクション系のアドベンチャーゲーム」と聞いて、攻略面のやり応えにも期待している人が肩透かしを食らわないようにあらかじめ述べておくと、本作は「現代においては」残念ながら本来持っていたアドベンチャーゲームとしてのポテンシャルを十二分には発揮できていない。というのも当時「リアルミッション型」と謳われた、ゲーム外のWebサイトなどから情報を集めてテキスト入力で謎解きをする要素が、流石に20年以上の時を経てそのままでは運用しにくくなっているためだ。

実在のWebサイトにアクセスし、ときにはファイルのダウンロードまで行って謎解きに利用するのが、原作ゲームの特徴だった

とくに、ゲームと現実の境界を曖昧にする要素の真骨頂とも言える「実在するメールマガジンを受信してヒントを得る」という要素については、メールマガジンのサービス終了により体験できなくなっている。なんとこのメールマガジン、このゲームのために存在するダミーなどではなく、当時本当の本当に運営されていたサービスなのであるWikipediaにも記述が残っている)。

さらに、Nintendo Switch向けに制作されたこともあってか、当時の各種Webサイトの内容はゲーム内に収録されており、謎解きは基本的にゲーム内で完結する。リアルミッション要素を除くと、本作のシステム自体はおおむね「場所を移動し、話を聞くなどしてストーリーを進める」というクラシックなコマンド選択型アドベンチャーゲームに留まる。とはいえその分、誰でも気軽に物語を楽しめるようになったのも確かだ。

代替現実ゲーム的な要素を除くと、本作の基本的なシステム自体は場所を移動しコマンドを選んで進行する、古典的なアドベンチャーゲームとなっている。リメイク版ではヒント機能も追加されサクサク攻略できるようになった

また、各種Webサイトの内容はChild-DreamのWebサイト内にも残っており、ゲーム中で示されるURLからアクセスできるため、ゲームをプレイしながらWebブラウズができるならこちらで謎解きをすることも可能だ。より臨場感を得られるので、可能な環境ならお勧めしたい。

ゲーム内に登場するWebサイトは現在でもインターネット上に残っており、謎解きに利用することも可能

このように、「原作ゲーム自体のプレイ体験」という点では当時リアルタイムにプレイしていた人こそが最大限に味わえたのだろうが、一方で本作には「リメイク版だからこそのプレイ体験」がある。刷新されたグラフィックや、作曲家の大嶋啓之氏より提供を受けたヴォーカル曲による演出なども見どころだが、何と言っても新規追加されたエピローグの存在が大きい。

少しネタバレになってしまうが、エピローグでは冒頭にも登場した由島美瀬が、父の足跡を追いつつ遺されたゲームの謎へと迫っていく。ここまでプレイしてきた作中作「ANGEL WHISPER」の主人公由島博昭ではなく、それを作った方の由島博昭がどんな人物だったのか、ゲーム内と実際の姿の共通点や異なる点などを伺い知ることができるのも興味深い。そして物語は原作最後の謎を紐解き、それに呼応するような新たなメッセージも紡がれる。

エピローグでは作中作「ANGEL WHISPER」の“キャラクターのモデルになった人達”も登場する

Child-Dream主宰でゲームデザイン・シナリオを担う宮下英尚氏の紡ぐ物語は、活動初期の名作『人形の傷跡』から近年リリースの『千里の棋譜』まで、悲劇や人の業を描きつつも、究極的には人間に対する暖かい視点を感じるような作風であるように思う。そんな中で原作『ANGEL WHISPER』は人類の将来に対して悲観的とも言える視点をもって作品が閉じられているのがある意味異質だった。もちろん、その薄ら寒さがサスペンス作品としての魅力に繋がっていたのも確かではあるが。

それから20年あまり。リメイク版で新たに提示されたメッセージはここでは伏せるが、それぞれの違いに何を見いだすのかも、本作ならではの貴重なプレイ体験となるだろう。新規にプレイしてもこの多重メタ構造を存分に楽しめるし、かつて原作をプレイした人ならまた違った感慨があるかもしれない。

1999年にリリースされた原作自体に今プレイしても色褪せない面白さがあり、その上で24年越しにリメイクされた意義も感じられる作品に仕上がっている。興味を持たれたらぜひ、父と娘、二人の由島が世代を越えて紡ぎ出す物語に触れてみてほしい。

[基本情報]
タイトル:ANGEL WHISPER
制作者:Child-Dream
対応環境:Windows、Nintendo Switch
価格:1,500円

購入はこちらから

ANGEL WHISPER~あるゲーム作家が遺したサスペンスアドベンチャー ダウンロード版 | My Nintendo Store(マイニンテンドーストア)
https://store-jp.nintendo.com/list/software/70010000070326.html

  • 中村友次郎(@finalbeta

    RPGのプレイと紹介がライフワーク。システムに凝ったRPGをとくに好んでプレイします。商業で一番好きなゲームメーカーは日本ファルコム。運営型では原神にハマってます。
    過去に十数年ほど、窓の杜の連載記事「週末ゲーム」の編集と一部執筆を担当していました。