悲劇の英雄の“もしも”と過酷な戦いをターン制コマンドバトルを介して描くアドベンチャーゲーム『十日神話』
中国に古くから伝わる神話に「后羿(こうげい)」なる英雄がいる。
遥か昔、本来は交代で上がるはずの太陽が一度に空に上がり、地上は灼熱地獄と化した。最高神「天帝」は、救いを求める人々の祈りに応じて神々の中でも随一の弓の名手として知られる后羿を事態解決のため、地上へと遣わした。
始めは威嚇で帰らせようとした后羿だったが、太陽とそれをまとう鳥たちは彼の言うことなどちっとも聞こうとしない。
止むを得ず后羿は、弓矢で10個のうち9個の太陽を射落とす。
かくして灼熱地獄と化した大地は安定し、平和が戻ったのだった。
だが、后羿が射落とした太陽というのは天帝の息子たちだった。これに激怒した天帝は、后羿とその妻「嫦娥(じょうが)」を神々の座から追放し、不老不死でもない人間にしてしまう。その後、后羿は「崑崙山(こんろんざん)」の女神「西王母(せいおうぼ)」に頼み、不老不死の薬を手に入れるのだが、妻の嫦娥の裏切りによって薬を独り占めされ、彼女は月の世界へと逃げ去ってしまう。
結果、嫦娥は裏切りの報いで醜いヒキガエルの姿にされ、后羿は地上で孤独に狩りなどをしながら過ごし、弟子に自らの弓の技を教えながら日々を送った。そして最期は「師を超えれば天下一の弓使いになれる」と慢心した弟子に撲殺されるという、悲劇の英雄としか言いようのない末路を迎えるのだった。
この一連の物語は「射日神話(しゃひしんわ)」、もしくは「十日神話(じゅうじつしんわ)」の名で呼ばれている。
今回取り上げる『十日神話』は、そんな古くから伝わる神話をベースにした「もしも」の物語を描いたゲームだ。
神話が原作という点から、その知識が必要なのかと身構えるかもしれないが、あらましはゲーム内で概ね紹介される……というか、前述の事柄を知っていれば問題ない。ただ、何かしら関連資料を添えて遊べば、より楽しめることも記しておく。
再び空に昇った9個の太陽を射落とし、自らが目覚めた理由を探るコマンドバトルアドベンチャー
物語は后羿が弟子に撲殺された後から始まる。
ある日、后羿が目を覚ますと、射落としたはずの太陽9個が再び空に昇っていた。
しかも以前と異なり、9個の太陽の中には以前と同じ鳥ではなく、ずっと強力な神格と呼ばれる存在が控えているのが見えた。
自分が目覚めたのは、あの太陽を再び射落とすためなのではと直感した后羿は、弓矢を手に再び9個の太陽へと向かう決意を固める。果たして、后羿は9個の太陽たちを鎮めることができるのか……というのがオープニングのあらましだ。
ゲームとしては、コマンドバトルアドベンチャーとなる。ターン制で展開されるコマンドバトルをこなしながらストーリーを進めていくゲームだ。プレイヤーは復活した后羿となり、9つの太陽を司る神格たちとの戦闘を繰り広げ、自らが復活した理由に迫っていく。
進行形式としてはステージクリア型になる。ただ、1本道の構成ではなく、プレイヤーが自由にステージを選んで進めていくセレクト方式を採用している。具体的にはワールドマップ上に存在する太陽のいずれかを選んで、それぞれを司る神格たち……つまるところ太陽神たちとの戦闘をこなしていく形だ。
どの太陽神から倒すかによって、その後のストーリー進行が変わるような要素はない。一応、それぞれの太陽神には強さが設定されているが、いきなり強い神から挑むのも、弱い神から挑むのもプレイヤーの自由だ。
そんな太陽神たちとの戦闘はターン制で展開されるコマンドバトルとなる。ただ、選べるコマンドは「ATTACK」と「SKILL」の2種類のみ。防御、アイテム、逃走といったコマンドは存在しない。関連して体力回復を図る消費型のアイテムも無しだ。回復自体は存在するものの、「SKILL」のひとつという位置づけである。
件の「SKILL」は本編開始時点から4種類が使用可能。いずれも使う際にはSPを消費する。そして、体力(HP)と違ってSPには回復手段がない。0になったら「ATTACK」しか選択肢がなくなるのである。よって、本作の戦闘ではSPを過度に消費しすぎないよう、ターンごとに計画的な行動を取っていくことが戦術の要になる。
しかも、本作にはレベルと経験値の概念もない。ステータスは終始固定なのだ。ただ、それぞれの太陽神たちを倒すと「装備」なるものが手に入り、これで攻撃力、防御力などの強化を図れる。装備の中には体力が無くなっても一度だけ復活できるといった特別な効果を持ったものもあり、獲得した数が増えるほど戦術の幅も広がっていく。
ただし、装備できるのは最大2つまでのため、完全無欠の后羿を生み出すことは不可能だ。よって、戦闘ごとにベストな組み合わせを考えることが必要で、プレイヤーの戦略的思考を試す要素になっている。
このようにバトルシステムそのものはシンプルなのだが、制限を課す要素の存在もあって、難易度は手ごわめ。しかも、終始プレイヤーキャラクターの強さが一定ということもあり、毎回、緊張感のある駆け引きを楽しめる設計になっている。
ちなみに本作にはフィールドの探索要素はない。基本、ストーリーを読み進めつつバトルの繰り返しだ。仕組み的にノンフィールド型のRPGを想像するところもあるが、全くもって違う。そもそも、成長要素が皆無な時点で明らかだ。
神話・歴史好きをニヤリとさせつつ、興味深い“もしも”をコマンドバトルと連携して描いたストーリー
本作の魅力は、前述したシンプルながらも戦略性の高いバトル……もそのひとつだが、それ以上に光るのはストーリー。実質、「射日神話」の続編とも言える“もしも”を描いた興味深い内容になっている。
特に面白いのが、后羿が対決する太陽神たち。若干ネタバレになることをご容赦いただきたいが、この太陽神というのは世界各国の神話に登場する太陽神たちなのだ。それも著名な太陽神から、一般にはあまり知られていないマニアックな太陽神まで幅広く登場するという、神話好きにはたまらない設定になっている。
それぞれの太陽神たちのキャラクター付けやデザインは本作独自のものなのだが、実際の神話と史実も踏まえていて、知っているほどニヤリとできる見所がある。中でも分かる人をニヤつかせるのが「エルガバル」だろう。
この太陽神との戦いでは、サポート役の人物が戦闘に参加するのだが、これが分かる人なら「あぁぁ……(苦笑)」となること必至の組み合わせになっている。分からなくても、後々にエルガバルについて調べれば、きっと「そういうことか!」と思わず手のひらをうってしまうはず。併せて歴史の闇も知ることになるだろう(意味深)。
このような太陽神のことについて深く知れる要素も豊富に盛り込まれ、学習体験も得られる仕上がりになっている。また、太陽神それぞれのキャラクター付けも魅力的なので、人によっては特定の神が“推し”になってしまうことも起こり得る。というか、本作をプレイすれば少なからず、推しが出てくるだろう。筆者も出ました(誰とは言わない)。
太陽神絡みの描写に留まらず、「射日神話」の“もしも”を描いた本編ストーリーも魅力的な仕上がりだ。なぜ撲殺された后羿は目覚めたのか?なぜ再び太陽が神格と呼ばれる存在と共に空に昇ったのか。すべての真相は9個の太陽を射落とした時に明かされるのだが、きっと「そういうことか……!」と納得するはず。
同時に原作の「射日神話」を尊重した、ほろ苦い結末にグッときてしまうはずだ。神話を知る人ならば、その締め方には思わず唸るかもしれない。原作や史実を尊重しているなりに、作中には近親相姦を始めとする過激な表現も一部ある点に注意が必要だが、きっと色んな意味で見入ってしまうだろう。
ストーリーの魅力を重点的に取り上げたが、バトルも素晴らしい出来である。太陽神たちは、いずれもそれぞれの個性に見合った攻撃を繰り出してくるのに加えて、圧倒的な力でプレイヤーを窮地に追い込むといった神格を持つ者なりの“らしさ”がきちんと表現されている。
特に感心させられるのが、この難易度が人間対神という設定を忠実に表していること。冒頭の通り、后羿は元々は神だったが、天帝によって人間にされた人物。その関係で現在の能力は太陽神たちよりも劣るため、どう足掻いても優勢に立てないのだ。
ゆえに難易度にも極めて高い説得力がある。また、選べるコマンドが最小限で、強化要素がないのも后羿の現在の姿を忠実に表現していて、シンプルな作りであることにも深みを持たせているのだ。
それでいて、理不尽に難しいバランスになっていないのも素晴らしい。中でも戦闘時の行動は必ず后羿(プレイヤー側)から始まる決まりになっているのが、それを緩和している。他のRPGのように選んだ行動に応じて順番が変わって、先手を打たれる事故が起きたりしないので、安定した戦いを繰り広げていけるのだ。
厳しい戦いが続くなりに、人によっては何度かのリトライも強いられるかもしれないが、そこも本作のストーリーにおけるキモとなっている。実はバトルそのものは丸々スキップできる機能も備わっていて、純粋にアドベンチャーゲームとして楽しむ遊び方もできるのだが、あえて筆者個人の見解として強調させていただく。
これから本作を遊ばれる際は必ずバトルありにしていただきたい。そうすれば、本作のストーリーを最大限堪能できると同時に、后羿という悲劇の英雄に感情移入できるだろう。OFFにするなら2周目以降にどうぞ。
ちなみにバトルをOFFにすると、装備が絶対に手に入らないというデメリットもある。戦闘をこなしながら進めている時、途中で設定を変えたりすると、かえって戦略的な事故が起こる可能性もあるので、ご注意いただきたい。
バリエーション豊かでカラフルな1枚絵も強い印象を残す力作
ここまで掲載してきたスクリーンショットからも分かると思われるが、本作はグラフィック全般も非常に凝った仕上がりだ。
特に1枚絵(スチル)のバリエーションは豊富で、ストーリー展開に留まらずバトル周りでも華を添えてくれる。しかも、意外な秘密も隠されている。どんな秘密があるのかはプレイして確かめてほしい。多分、「そこまで用意したの!?」とビックリするはずだ。
全体のボリュームもバトルの存在があってプレイヤーごとに変動する部分があるが、長くても2時間程度、早ければ1時間程度でクリア可能と短め。ただ、バトルが手応え十分なバランスなのもあって、物足りなさはほとんど感じさせないだろう。
演出面でも神々が大技を決める時には専用のカットインが挿入されるなど、派手な仕上がりとなっている。ただ、エフェクト絡みはアニメーション表現がほとんどないため、人によっては地味に感じてしまうかもしれない。
ほかに「装備」絡みでも、一部に効果が分かりにくかったり、本当に恩恵を得られているのか分からないものがあるなど、調整の差を感じさせる部分があるのは気になるところ。また、本作のストーリーには世界各国の様々な太陽神が登場すると紹介したが、あくまでも出てくるのは一部。人によっては「なんであの太陽神が居ないんだ!」との不満を抱く部分もある。
ただ、詳しくは言わないが……かの有名な太陽神は「ちゃんと居ますよ!」と言っておく。誰のことかは言わないが、とりあえず日本に関係があるとだけ言っておこう。居ますよ、ちゃんと。それも凄く納得できる形で。
前述したように本作のストーリーには過激な表現があり、公式にも対象年齢は15歳以上推奨となっているため、万人向けではない。しかし、神話や歴史の知見を得られる見所を持ったストーリーは一見の価値あり。
人間と神が戦うという設定をこれ以上なく実感させられるバランス調整が光る戦闘も、力押しが通用しない戦闘を好むプレイヤーなら存分に楽しめること請け合いである。ビジュアル周りも含めて、並々ならぬ気合が込められた本作。
興味があればぜひ、プレイしてみていただきたい力作だ。悲劇の英雄と呼ばれる人物の運命と、それになりきるからこそのヒリつく戦いを存分に楽しもう。
[基本情報]
タイトル:『十日神話』
作者:おしゃき
クリア時間:1~2時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格(税込):無料
備考:対象年齢15歳以上(尊厳破壊、近親相姦、男性同性愛、残酷描写あり)
◇ダウンロード・プレイはこちら
・ノベルゲームコレクション
https://novelgame.jp/games/show/11633