HD版リリース記念・『シルバー事件』再訪 真実と事実は違う。プレイするたびに解釈が変わる多面的な現実

シルバー事件
 
1999年にPlayStationでリリースされたグラスホッパー・マニファクチュア(以下、GHM)の処女作『シルバー事件』が装いも新たにHD版として蘇った。90年代の東京をモデルとした架空の国家カントウを舞台に、伝説の連続殺人犯ウエハラカムイを巡り、犯罪者を射殺することが許されている凶悪犯罪課の闘いを描いた物語はカルトな人気を誇っていた。これまでに何度も移植の話題が出ていたが、PlayStationアーカイブスでオリジナル版が配信されているところに落ち着いていた。そこに来て今回のHD版の発表は大いに話題となった。

また、GHMの代表作である『花と太陽と雨と』『Killer7』『No More Heros』といった作品が英語圏にローカライズされているにもかかわらず、処女作である本作は長らくローカライズされていなかった。今回HD版ではプレイヤーにつけられるあだ名の「デカチン」をはじめ「百問組手」に至るまでクセだらけのテキストが遺憾なくローカライズされている。あの特徴ある表現であるフィルムウィンドウが生まれ変わっただけではなく、今回初めて英語圏にリリースされることも大きなトピックスとなった。今回はあらためてこの作品がなにを描いていたのかを紐解いていく。

※以降、文章の一部に本作のネタバレが含まれます

1997年の酒鬼薔薇とウエハラカムイ

 
『シルバー事件』の最重要人物である連続殺人犯・ウエハラカムイの起こす事件が社会に蔓延していくというメインストーリーに強く影響を与えているのは様々なインタビューで語られているように1997年に起きた神戸連続児童殺人事件俗称『酒鬼薔薇聖斗事件』として日本を揺るがした事件である。この事件の特徴は児童ばかりを狙った残虐な所業だけではなく、酒鬼薔薇の犯行声明文が新聞社に送り付けられたことを皮切りに、マスメディアを通した犯人捜しという方向から事件は劇場化し、加熱していったことも大きい。

神戸連続児童殺傷事件が起こした余波は大きく、漫画やアニメ、そしてビデオゲームの界隈で表現規制が行われた。そこには当時ヒューマンに在籍していた須田剛一氏(以下、敬称略)がディレクションを行っていた作品も含まれていた。

そう、『トワイライトシンドローム』の続編、『ムーンライトシンドローム』である。規制の理由は、新興住宅街での猟奇的な殺人など、事件に近しい要素が多く含まれた内容だったためだ。この点に関しては忸怩たる思いを残した発言を残しており、説明書には事件が起きた時期を考慮した開発の経緯を記し、「このゲームは1997年7月自主規制を行いました。」という一文を残している。

シルバー事件
『ムーンライトシンドローム』の説明書の前書き。
神戸児童連続殺傷事件が最初に大きく報道されたのは1997年の5月。
1997年8月に完成と記されており、ゲームの完成直前に事件が起きたことの感情が見える。

神戸連続児童殺傷事件は当初30-40代の犯行だ、いや外国人がやったのかもしれないなど連日メディアにて騒がれ、犯人像は錯綜した。その後、犯人が検挙されるのだが、なんと中学生の少年だったとわかると一転、マスコミの報道は「少年の闇」という方向に移る。

以後、現実には少年犯罪の数というのは減少しているにもかかわらず(参考)、近似する少年の犯罪事件がメディアでクローズアップされる。追従するかのような事件も現れた。代表的なものでは2000年の17歳の少年による西鉄バスジャック事件。犯人の少年は神戸連続児童殺傷事件に影響を受け、犯行の数カ月前に「酒鬼薔薇聖斗」と署名した犯行予告を送っていた(事件はオリジナル版の発売後であり、作中に近似したエピソードもあるため予言的な内容になった)。こうして少年犯罪はメディアでは「少年の闇」と称し、実体のない犯罪者のイメージとしておなじみのものになっていった。

このようにメディアを通じ、様々な個人に解釈された結果、実態と乖離した犯罪者のイメージが形作られ、社会の中で増幅していく神戸連続児童殺傷事件を巡る現実の様子が『シルバー事件』の通底音のひとつになっている。

『シルバー事件』で描かれる連続殺人鬼ウエハラカムイは一面的ではなく、表向きの歴史に残された事実のほかに、「トランスミッター」編で描かれる凶犯課の視点・「プラシーボ」編で語られるライターの視点・そしてそれらを見つめるプレイヤーであるあなたの視点を含め、いくつもの視点に分かれて描かれる。それぞれの事実が描かれるが、真実は分からない。その多面性を表現する本作のシステムが、フィルムウィンドウである。

多面的な現実を映す「フィルムウィンドウ」のモデル

 

シルバー事件オリジナル版(画像はPlayStationアーカイブスより)

シルバー事件

HD版。情報量が増え、解像度が上がりクリアとなったグラフィックス。

イラストレーション・実写映像・プリレンダムービー・3Dマップ・グラフィックデザインという、異なる表現のそれぞれを並列に表示することで、事件を重層的に表現するフィルムウィンドウ。このシステムのモデルはいくつもある。

ひとつはテレビ東京で放映されていたリアリティショー「ASAYAN」だ。90年代当時は「進め!電波少年」をはじめとしたリアリティーショーが人気を博しており、「ASAYAN」ではシンガーやアイドルが小室哲哉やつんく♂らのプロデュースを受け、デビューし活躍するまでを追いかけていた。その中でもモーニング娘。を輩出したことが大きなハイライトとなっている。単色のバックに複数の画面とテロップを組み合わせた演出に影響がうかがえる。また『シルバー事件』にはある架空のアイドルが登場するのだが、そのあたりにも影響はあるかもしれない。

もう一つは80年代のイギリスを代表するバンドであるニューオーダーの代表曲のひとつ『Regret』のPVである。このバンドの楽曲タイトルが各章の終わりに月とともに表示されるなど大きな影響を与えており、当時の須田剛一のコメントにて「フィルム・ウインドウの元でもあります。」と残している。音楽に合わせた様々なバリエーションに画面配置が変わる演出に影響が見られる。

『ヌーヴェル・ヴァーグ』トレイラー

その中でもっとも示唆に富むのが、1930年生まれのフランスの映画監督ジャン=リュック・ゴダールの映画「ヌーヴェル・ヴァーグ」からの影響を受けたという点である。発売前の公式のライブストリーミングにて「ただ目の前で起きている現実だけじゃなくて、いろんな人の思惑がダイアログ・モノローグ、タイポグラフィに加え、その解説まで入ってくるという4階層の現実が描かれている。」と語られており、多面的な現実を描く方法の参考にしている。

また、ゴダールは若かりし頃、当時まだ新しかった映画というメディアを批評・研究するなかで、小説・演劇・コント・絵画・ダンスなどなど膨大な別ジャンルを搭載することが可能と判断した。代表作である『気狂いピエロ』(GHMでいえば『killer7』にあたる立ち位置の作品と言っていい)に見られるように、それらすべてを投入することで映画の可能性を試し、多面的な表現を生んだ。こうしたスタンスは実写からアニメーション 、そしてなによりプロレスなどの異なる表現を搭載し、多面的な視点を形作る須田剛一作品の方向性に重なる。

分岐が全くないにも関わらず、驚異的なリプレイ性の高さ

 

シルバー事件
「真実と事実は違う」
須田剛一作品に通底している、多面的な現実をプレイヤーに体験させるためのテーマ。
現在ファミ通で連載中の「須田寓話」の『まっ赤な女の子』でもこのテーマは語られている。

こうしたフィルムウィンドウによる多面的な視点と、「トランスミッター」編と「プラシーボ」編によるふたつの事実が提示されるスタイルにより、作中で描かれる事件の解釈が変わっていく。まったくの分岐選択も、パズルも弱いアドベンチャーゲームにもかかわらず、非常に高いリプレイ性を持っている。ふつう自由度や分岐があるからこそ、リプレイ性は生まれるものだ。では『シルバー事件』ならではの自由度とはなんだろうか?

高いリプレイ性の原動力になるのは、作中に膨大な情報がばら撒かれているにも関わらず、明らかにならない物語の真実を、なんとかして見出したくなるためだ。本作は様々な人物によって「真実と事実は違う」という言葉が繰り返し語られ、プレイヤーであるあなたに「真実は自分の目で見つめろ」と問いかける。

その言葉のとおり、ウエハラカムイという存在がいったい何者なのか、膨大な事実が語られるのだが最後まで真実は見せない。こればかりは、プレイヤーの解釈によって変化する。唐突に現れた猟奇的な犯罪者というわけではなく社会構造から生まれたもの、はたまた陰謀から生まれてきたもの、そもそもどこにも存在しない概念ではないか…などなどその全てが正解かと思いきや、やはりすべてが間違いかもしれないと思う。リプレイのたびに膨大な事実に触れなおすことで、別の解釈に変わっていく。それは現実そのものが自分・他人・社会それぞれの多面的な解釈の積み重ねで出来ていることの反映だ。

そう、ゲームプレイの中でいっさいの自由を奪いながら、プレイヤーに与えられている自由度とは、目の前で展開する多面的な現実を解釈する自由そのものだ。17年を経て、HD版になった今も『シルバー事件』の真実はいまだに見えず、ウエハラカムイが何者なのかはわからないままだ。

[基本情報]
タイトル 『シルバー事件(The Sliver Case)』(公式サイトはこちらから)
クリア時間 10時間
対応OS PC
価格 1980円

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