『When the Past was Around』それはある女性の愛と喜び、挫折と傷心を描いたポイント&クリックADV

アドベンチャー,インディーゲーム

20代前半の女性「エッダ」。
彼女は同じ年頃の人々のように、行き先を見失っていた。
夢を志すも、道に迷っていた。
愛と幸せを探すも、迷子になっていた。

フクロウ頭のその男性と出会うまでは。

男性は彼女の情熱を後押しした。
人との関わりに刺激を見出す支えになった。
そして、彼女に”傷心”という感情を教えた。

『When the Past was Around』は、インドネシア・スラバヤの独立系ゲームスタジオ「Mojiken Studio」開発のポイント&クリックアドベンチャーゲーム。『A Raven Monologue』、『She and the Light Bearer』の作者で、Mojiken StudioアートディレクターでもあるBrigitta Rena氏の新作でもある。

2020年9月23日より、SteamにてWindows、Mac PC向けタイトルとして発売中。今後コーラスワールドワイドより、『When The Past Was Around 過去といた頃』の邦題でNintendo Switch、PlayStation 4、Xbox One向けに発売予定となっている。

イラストを通してストーリーを描くポイント&クリックADV

前述通り、ジャンルはポイント&クリック、マウス操作で遊ぶアドベンチャーゲーム。カーソルを動かして気になる場所をクリックして調べたり、仕掛けられたパズルを解き明かしながらストーリーを進めていく。

本編は「チャプター」単位で用意されたストーリーを順に追う形で進行。チャプターは複数の場面で構成されており、基本的に次の場面へと繋がる手がかりを探りながら調査範囲を拡張させつつ、ゴールに当たるものとして用意された「フクロウの羽」を発見することに取り組んでいくのが主な流れとなる。

ポイント&クリックアドベンチャーとしての作りは王道。取り分け際立った独自要素、システムなどはない。強いて特徴を挙げるなら、テキストを用いた表現を完全に廃していること。ストーリーはもちろん、パズルの仕掛けに至るまで、全てを美麗なイラストとそれらを複数枚用いた紙芝居で表現している。そのため、現状から推察される法則性、答えを考えながら場面ごとのパズルのほか、ストーリーと向き合っていくことになる。

パズルに関してはヒント機能も無し。現在の場面内で調べられる(クリックできる)箇所を浮き出させる機能があるぐらいで、イラストから得られる情報を元に解答などを探るのが基本。とは言え、長考必至のパズルは皆無。ごく一部、メモが必要になるものこそあるが、調べられる場所を隈なく確かめていけば、自然に法則性を発見でき、解答へと辿り着ける難易度に設定されている。本格的なパズルを求めた場合、肩透かしかもしれないが、易しくもなければ手応えがない訳でもなく。ストーリーを追うアドベンチャーゲームとしての醍醐味も考慮する気配りが光るバランスだ。

本作はそんな難易度の塩梅、ポイント&クリックのプレイスタイルを活用して、主人公の女性「エッダ」の過去と現在を静かに、かつ穏やかなトーンで描いたストーリーを最大の見所としている。

”触り倒す”仕組みを活かした巧みな演出とストーリー

特に印象的なのが、ポイント&クリック特有の気になる場所を調べる、またの表現で”触り倒す”仕組みを活用した演出だ。グラフィック(アートワーク)全般の印象から、非常にお洒落な雰囲気漂う本作だが、実は意外にも荒っぽい表現満載の作りになっている。というのも、とってもよく壊れる。散らかる。汚くなる。

最初、こんなに整っていた部屋が、

乱れ放題になってしまうのだ。

しかもこれ、単に気になった所を調べただけである。断じて何かの攻撃技を決めた訳ではない。ただ気になるから調べただけの行動で本棚にあった本は床に散らばり、花瓶も割れてバラバラになる破壊に次ぐ破壊が繰り広げられていくのだ。

調べた場所に何らかの反応がある、という点で操作しているだけでも楽しい作りではあるのだが、見た目が見た目である。ギャップが凄い。というか、前述で穏やかと言ったことと矛盾しているではないか。ええ、まさしくその通りです。そのため、始めて間もない頃は破壊衝動を駆り立てるヤバいゲームなのではと思い込むかもしれない。

だがこの演出、ちゃんと意味のあるものとして組み込まれている。確かに最初こそギョッとするが、ストーリーが進むにつれてこれがエッダの内面を映し出す表現であることが明らかとなり、ゲームプレイを通して今、彼女がどんな気持ちにあるのかが伝わってくるようになるのだ。併せて調べた時の反応も彼女の境遇と共に変わり、ストーリーも雰囲気と共にそれに沿った展開に。

パズルもまた然りで、いつまでもこの時を味わいたい、早解きしたくないとの思いになる”優しい”ものが登場し、エッダが今、どのような心持ちでいるのかを思考の過程と解いた後の変化を通し、プレイヤーへと静かに伝えてくるのだ。

まさにポイント&クリックの仕組みと枠組みをフル活用。調査とパズルを楽しみながらストーリーを味わうという独特な体験を作り上げているのである。本作はテキスト表現を廃す代わりとして、それをパズルと調べた時の反応に割くことで主題たる若きひとりの女性の現在と過去を見事に描き切っている。遊ぶことに主眼を置くストーリーとして完成されているのだ。

こうした作りのため、人によっては思わずエッダに自らを投影するような錯覚を覚えたりも。さらに序盤の有様から推察されるように辛く、悲しい展開も相応に用意されている。何せ、調べた際の反応と共に雰囲気が変わるのだ。心に”ズシン”と来る。併せてパズルに直面し、取り組む際の感情も穏やかな場面とは別のものになる。それに気付いた時には身も心もエッダになってしまっているかもしれない。

ストーリーの内容、題材は比較的王道ではある。だが、それをポイント&クリックアドベンチャーゲームの遊び方、ゲームシステム、難易度設定を通して描く手法は圧巻で、主人公の感情の揺れ動きをダイレクトに感じながら楽しめるものに完成されている。このように作られているだけあって、終盤からエンディングにかけての展開も強烈で、心が締め付けられること間違いなし。過去と現在、様々な出来事とフクロウ頭の男性との出会いを通し、エッダはどうなるのか。ぜひ、その模様を最初から最後まで刮目いただきたい。

きっと1つの映画を見終えたような充実感と感動を覚えるだろう。
念のため、ハンカチを用意しておくといいかも。

バイオリン主体の音楽も心地よい、お洒落な良作

演出に関しては、ストーリーのキーアイテムでもあるバイオリンを主体とした音楽も素晴らしい出来だ。中でもエンディングにて流れる楽曲は絶品で、一連の場面も含めて強烈な印象を残し、涙腺をも刺激する。このシーンでのエッダの姿もストーリーを締め括るに相応しいものになっているので、最後の最後までじっくりご覧いただきたい。

ボリュームは短め。ゆっくりプレイしても3~4時間程度。パズルの難易度も総じて低めなので、慣れている人ならばもっと早くクリアできるかもしれない。ただ、本筋のストーリーとは無関係の隠しネタを探し出す要素が備わっているので、こちらと並行しながら進めていけば相応の手応えを得られる。もちろん、これらの小ネタはSteamの実績とも関連付いているので、コンプリートを目指してみるのも一興だ。

幾つかの場面を介しながら解くパズルに関し、切り替えの手間が生じてテンポが落ちるなど、演出上の都合で不便さを感じる箇所も多少あるが、全体的には小規模ながらも非常に満足度の高いゲームに完成されている。ストーリーこそ王道ながら、ポイント&クリックアドベンチャーの枠組みを活用し、主人公の内面を感じさせながら体験できる作りは絶品の一言。見た目の美しさに惹かれた人も、ポイント&クリックアドベンチャーゲームが好きな人もぜひ遊んでみていただきたい珠玉の1本だ。

最初は色々壊れてしまうことに戸惑うかもしれないが、なるがままに進めよう。
安心いただきたい。フクロウ頭の男性は”全て”を教えてくれる。

[基本情報]
タイトル:『When The Past Was Around』
作者:Mojiken Studio / Toge Productions
クリア時間:2~3時間
対応OS:Windows、Mac
価格:¥820

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