SRPG『匙は投げられた』は、マジで乱数を徹底排除した計算的な戦闘が全編バーッと展開される意欲作である
このタイトル画面に堂々と描かれた巨大な斧がすべてを物語る通りである。
本作『匙は投げられた』は「AXEISM」(アクスイズム、斧主義)に染まったターン制のシミュレーションRPG(SRPG)である。
よって、主人公のマリエッタはAXEISMに染まった者のDNAに刻まれた決め台詞(パワーコール)「AAAXE!」を咆哮し、
その行く手を邪魔する敵(の盾)をミンチよりヒドい何かに変えてしまうのだ。これぞ「強い!速い!AXE!」。
……というのは、一端に過ぎず。
本作の真の姿は、乱数完全排除を掲げた計算的な戦闘が楽しめるSRPGである。
つまるところ、運任せの要素は一切なし。命中率は100%か0%。敵に致命ダメージを与える必殺率にしても同様。キャラクター(ユニット)のレベルアップ時におけるステータス上昇にしたって完全固定。
まさしく偶然という名の神がほほ笑むことも、裏切ることもない戦場がここに!
そんな訳で公平性を追求したSRPGというものを探していたり、その特色に関心を持った人にはイチオシの作品である。あと、剣と槍と弓矢、魔法も武器として普通に使えます!斧だけじゃありません!
「なんだよ、AXEISMに染まっていないじゃん」とガッカリしたのなら、当もぐらゲームスにて紹介している『斧娘 プリティアックス』シリーズ(紹介記事)で「金!暴力!AXE!」してくれば全面的に解決です。素晴らしい世の中ですわ~。
特定のステータスが相手よりも上回れば命中もハズレも確定!確実性と公平性重視のSRPG
とにもかくにも『匙は投げられた』は2025年5月2日より「フリーゲーム夢現」にて公開されているWindows PC向けフリーゲーム。SRPG制作ツール「SRPG Studio」で作られたタイトルである。
ジャンルは前述したようにターン制のSRPG。カーソルを操作して各ユニット(駒)に移動、攻撃などの指示を出し、敵対するユニットへの戦闘を仕掛けたりしながらマップの攻略を目指すというものだ。
SRPGとしてのシステム周りは定番寄り。ステージクリア型で進行する本編を始め、耐久値が設定された武器、所有するユニットに特殊な能力を授ける「スキル」といったものが網羅されている。ただ、ユニットが戦闘で敗北すると二度と復帰できなくなる「永久ロスト」、武器の命中率に影響を及ぼす「3すくみ」のシステムは採用されていない。
そして、本作に採用されていないシステムの中で、とりわけ大きなものが乱数。またの言い方で確率の概念。一般的なSRPGは、主に戦闘において攻撃を仕掛けた際に「命中率99%」と表示されていても1%の確率で攻撃が外れたり、逆に「命中率5%」という低確率な敵の反撃が当たって想定外の痛打を受けるといった悲劇に見舞われるのが一種のお約束になっている。
本作では乱数が排除されているため、その種の悲劇が“絶対に”起こらない。命中、回避、必殺の各ステータス(パラメーターの数値)が相手よりも一定以上高ければすべてが確定発動。逆に低ければ0%と出され、不発に終わるという明快な仕組みにされているのだ。
ユニットのレベルアップも同様で、どのステータスが伸びるかは最初から決まっている。そのため、一部のステータスが極端に伸びたり、逆に伸び悩んだりするようなことも起きない。
つまり大体の事柄が予測でき、それに基づく結果がそのまま出力される公平性の高いSRPGに設計されているのだ。これに加えて、ゲーム本編にちょっとした変化を加えると同時に、公平性を高める次の特徴的なシステム2つも実装されている。
ひとつに「熟練度」。プレイヤーの腕前に応じて自動的に難易度が調整されるシステムだ。具体的には少ないターンでのマップクリア、もしくは負傷者(※体力が0になってマップから撤退するユニット)なしでのマップクリアを成すと内部で熟練度の値が上昇し、一定値に達すると難易度が上昇。逆にマップの攻略に時間を要したり、負傷者を出しすぎてしまうと難易度が低下し、簡単になるという仕組みになっている。
このシステムを実装している関係で、本作には難易度選択機能は存在しない。難易度は自分の腕前と加減したいか否かの思いに応じて調整が図られるという、ゲームプレイに根差したものにされているのだ。
ちなみにオプションとして、上がりすぎた熟練度を下げる機能も完備。また、難易度の上昇は敵の数増加、中ボスの追加がメインで、敵のステータスが軒並み上昇するようなことはない。なので、プレイヤー側が不利になるみたいな展開も起きず、(戦力差はさておいて)公平性のある高難易度を堪能できる調整になっている。
公平性にちなんだものでは、もうひとつの「経験値ボーナス」もある。マップをクリアするたびに未出撃、負傷撤退したユニットも含んだ全員がレベル差に応じた経験値を獲得できるのだ。しかも、レベル差が開きすぎたユニットには特別多めの経験値が入る。
これにより、成長面での格差も生まれにくく、全ユニットを通常戦力として活用可能になっている。逆にレベルを突出して上昇させるような稼ぎプレイは、経験値補正のシステムを実装している関係で相当な手間がかかる作りのため、力押し戦術を実現するのは難しくされている。
一応、本編には一部のマップに稼ぎ可能な「クエスト」のマップが用意されているが、得られる経験値が割と渋いため、苦労することになるだろう。根気さえあれば実現も夢ではないかもしれないが。
とにもかくにも、以上の特徴的なシステムも備えられており、本作は乱数がないなりの公平性とそれに伴う手ごわさを表現したSRPGにまとめ上げられている。「『匙は投げられた』ってタイトル名に似つかない堅実さだな」と思ったのかもしれないがその通り。SRPGとしては全くもって“投げていない”のだ。……SRPGとしては。
SRPGでありながら戦術級シミュレーションの手応えを持った「合いの子」が誕生
そして、このような乱数の徹底した排除と公平性を重視した結果、SRPGでありながら戦術級シミュレーションゲームの手ごたえを持つ「合いの子」が生まれ出るに至った。
本作の魅力はそんな「合いの子」らしさ、別の言い方で「ハイブリッド味」である。基本の作りこそSRPGの定番、制作に用いられた「SRPG Studio」のデフォルトに準拠しているのだが、戦闘などの結果が常に確定的というのもあって、遊んでいる時の感覚はどちらかというと戦術級シミュレーションゲームそのもの。
あえて名をボカして例えるなら「ウォーズ」が脳裏を過ぎるものになっている。「母ちゃんたちにはナイショだぞ」のフレーズ(?)で知られる、例のウォーズである。
実際にそちらも徹底排除とまではいかないが(ついでにシリーズ作品にもよるが)、乱数の与える影響度合いは小さくされていて、入念な計算と試行錯誤によって、思い描いた通りの展開を実現させられる特色がある。
本作も乱数の影響度合いが小さい……以前に存在しないこともあって、同じ感覚を宿している。そして、偶然という名の神が存在しないからこそ、不思議な安心感を抱きつつのマップ攻略と戦略を練る楽しみを味わえるのである。
このような乱数を排除したタイプのSRPGは本作が唯一の存在という訳ではなく、当もぐらゲームスで過去にピックアップした『1巡攻防』(紹介記事)のような別例も存在する。ただ、本作の場合は各種パラメーターに関連した計算要素が結構あり、それに沿って結果が出される点で細かく試行錯誤する楽しさがある点で特徴づけされている。
そして、そこに戦術級シミュレーションっぽさがあり、SRPGなのにそちらを遊んでいるかのような心持ちにさせてくれるのだ。「じゃあ、SRPGらしさは薄いのか」となるかもしれないが、そこも面白いところで、ちゃんとSRPGらしさも宿している。
具体的には耐久値に関連した武器とそれらの調達に必要な資金の管理、それぞれ独自のスキルと持ち味があるユニットの運用、本編の進行に応じて選べるユニットが増えて戦略の幅が広がっていく点だ。
特にSRPG好きの心をくすぐるのがユニットの運用。本作で指揮することになるユニットは、ハッキリ申して性能的にクセツヨがすぎる。AXEISMに染まった主人公「マリエッタ」と、そのお供(?)たる「スミレ」の2人など序の口も序の口。
本編が進むと敵を1体倒すたびに1回再行動ができるユニット、ワープによる地形構造なんのそのな特技持ちのユニット、果ては天然記念物として知られる鹿まで参戦し、ハチャメチャな戦術と運用が可能になっていくのだ。
また、本編進行に応じてクラスチェンジなどが発生するユニットもおり、それによって強力なスキルを獲得したり、専用武器や特殊能力が解禁され、急に主力へと化けることも起きたりする。

そのようなクセの強いユニットを特技含めて上手く使いこなし、さまざまな難局を乗り越えたり、時に化けたりする過程を楽しめるのはSRPGを遊んでいるという確かな手ごたえを提供してくれる。前述したように成長させる楽しみはレベル差補正の強さから薄いのだが、多種多様なキャラクターの特徴を踏まえた最良の一手を下していく楽しさは、おそらくは一般的なSRPG以上。
こういった合いの子ならではの味が随所に染み出ていて、独特な体験を楽しめるようになっているのだ。確かに乱数排除の代償により、一般的なSRPGの持つドラマティックな逆転劇、予想外の展開は生まれにくく、一喜一憂の感覚は薄い。
しかし、最も面白い部分だけを抽出し、戦術級シミュレーション由来の安心感と共に最良の一手を探す試行錯誤(時に力任せの攻め)をじっくり堪能できる作りは本作ならではだ。そして、乱数を完全に排除しているからと言って、決して手ごわくない訳にあらず。
実際に本編には結構、入り組んだ構成のマップが多々用意されているほか、課せられたクリア条件にもユニークなものが満載だ。そんな変化に富んだ展開に身を任せるだけでも、その意味がよくわかるはずだ。
そんな訳で、特にSRPGに試行錯誤、個性の強いユニットの運用といった考える部分の面白さを重視している人なら、迷わず本編に挑んでみていただきたい。乱数を徹底的に排除したなりの原液に等しいものが味わえるだろう。
逆に育成の楽しさを望むと色々「コレジャナイ」を感じやすいので、注意いただきたい。ただ、乱数がないからこその公平性の高さと、不測の事態に悩まされる心配がない点では、ある意味ではSRPGのプレイ経験が浅い人には最適かもしれない。
ゲームとしての作りは堅実。逆にストーリーは文字通り「投げられた」。極端すぎるけど良作です。
ここまでの時点で、本作に対して「『匙は投げられた』という名に似つかわしくない堅実で個性的なSRPGなのだな……」との認識はより強くなったかもしれない。そして、「ということは、ストーリーも実は意外に……」と考えるかもしれないが。
残念ながら(?)そちらはタイトル通りの自由奔放極まりない内容。シリアス要素は最小限で、全編ネタとパロディの応酬である。
というか、主人公が「AAAXE!」と咆哮する時点で察しろ。
最初のマップで「やろう!ぶっころしてやる!」と血迷って突撃してくるゴブリンが敵として出てくることからも察しろ。なお、このゴブリンの名は「ベネット」である(でも、セリフの感じはネコ型ロボットの……って、それ以上いけない)。
ただ、正直ちょっと度が過ぎている部分もあり、人によっては引きかねない点には注意が必要だ。これからプレイするに当たっては「大人の視点」でお願いいただきたい。

それを抜きにしても、筆者個人としては「実在人物の名前と、厳格に商標登録されている作品名そのままはマズいのでは……?」と思ってしまったのだが。
特に本作の配信元たる「フリーゲーム夢現」のページに投げ銭機能がセットされているのには、それにちなんだ危険な気配を感じた次第だ。万が一も考えて、伏字にしておいた方がいいのではないだろうか。
そんな「投げられた」全開のストーリーではあるが、途中、急展開が起きるといった見所もある。また、全体的なボリュームも大きく、1周するだけでも最速で20時間近くは要する。さらに周回要素も存在し、それらのコンプリートを目指すとなれば倍以上の時間を要することになるだろう。なので、じっくり腰を据えて楽しむSRPGを探している方にも薦められる内容である。
ほかにも本作はチュートリアル、攻略情報などのサポートも手厚いほか、全体的なゲームスピードもデフォルト設定からして「フルスロットル」と言わんばかりに早く、サクサク遊べる。前述したように永久ロストなどのシビアな要素はないため、気軽に遊べる設計になっているのも特色のひとつだ。
雑魚敵たちは簡単に仕留められる一方、ボスだけ妙に体力が高めに設定されていて長期戦になりやすかったり、資金調達の機会が割と少なくて管理面で悩まされがちといった気になる箇所もない訳ではない。ただ、戦術級シミュレーションとSRPGの合いの子とも言える遊び心地となかなか考え甲斐のある要素の数々は非常に魅力的。
タイトル名とは裏腹な密度と堅実さを宿した良作である。乱数排除という特徴を始め、一風変わったSRPGを求めている人ならぜひ、お試しのほどを。また、AXEISMもそれなりなので、その種の要素を味わいたい人にもオススメである。
なお、AXEと同類の武器たるハンマー(HAMMER AXE)に対する風当たりは作中において強めとなっております。あしからず。
[基本情報]
タイトル:『匙は投げられた』
作者:とうがらし
クリア時間:20~25時間
対応プラットフォーム:Windows
価格(税込):無料
◇ダウンロードはこちら
・フリーゲーム夢現
https://freegame-mugen.jp/simulation/game_13583.html