借金まみれな魔法学校卒業生による自営業奮闘記。世知辛くも温かい物語も必見のパズルシミュレーションゲーム『ENSCROLL』

シミュレーション,パズル,フリーゲーム

「学生ローン」……学生(特に大学生)本人に対して融資を行う消費者金融のことである。

学生は一般的な消費者金融、銀行からの借り入れを行うことが難しい。しかし、学生ローンなら借り入れを比較的容易に行え、主に「飲み会の誘いが多い」とか、「旅行費が足りない」などの資金難、急な出費が生じた時に役立つものとなっている。

だが、学生ローンとは言えど、それは紛うことなき借金。返済が遅れれば遅延損害金が生じ、ブラックリストに載る恐れがある。

加えて消費者金融同様、高い利子も付いて増えていくため、ますます返済が難しい事態になりかねない。それもあって、利用の際はメリットやデメリットをしっかり把握し、計画的に返済することを前提に使うことが何よりも大事なのである。大事なのである(強調)。

本作『ENSCROLL』の主人公は、その計画性の甘さが祟ったのか、重いローンを背負ったまま学校を卒業することになってしまった。しかも不況の影響で、就職にも失敗しているという泣きっ面に蜂である。

なお、当人は魔法使いであり、通っていたのは魔法を専門とする学校。それゆえ、魔法を作り出せる技術を会得している。

そこで彼は考えたのだ。「魔法の巻物を作って販売し、その資金でローンを返済しよう」と。かくしてここに、借金返済のために魔法の巻物を作って売る自営業を始めた魔法使いの物語が幕を開けたのである。

……凄く生々しい導入になってしまったが、実際、そういうゲームということでご容赦を。

14日後に迫るローン完済を成し遂げるため、リクエストに応じた魔法の巻物を作って売っていこう

改めて本作『ENSCROLL』について紹介すると、2024年12月17日よりSteamで配信中のWindows PC向けフリーゲーム。韓国の大手ゲーム企業「KRAFTON」が2023年より開催している若手ゲーム開発者育成プログラム「Jungle Game Lab」において誕生した作品のひとつだ。

「Jungle Game Lab」は、約半年に渡るプログラムを通してゲーム開発の全工程を学んだあと、実際にチームを組んでゲームを作り、Steamでリリースすることを最終的なゴールとしている。本作『ENSCROLL』は、そのチームのひとつである「InTheBox」によって制作された。

ゲーム内容の紹介に入ろう。ジャンルはシミュレーションゲーム……と配信元のSteamストアページにタグが設定されているが、正確にはクラフト系パズルシミュレーションゲーム。重い学生ローンを抱えた魔法学校卒業生の主人公になり、仕事場たる自宅で魔法の巻物を作って日々の収入を稼ぎ、最終的にはローンの完済を目指す。

収入源たる魔法の巻物は、自宅の部屋にある「作業台」にて作り上げる。巻物は自由に作って販売するのではなく、自室内の「窓」からやってくる伝書フクロウが届ける手紙に書かれた依頼主(お客)の「リクエスト」に応じて作っていく形。別の表現を用いるなら「課題」をこなしていく感じになる。

作り方に関しては、作業台中央に置かれた巻物の用紙上に「魔法のインク」で記すだけ。「魔法のインク」は火、風、土、水の元素の力が込められた4色があり、これをマウスで選び、そのまま巻物の上へとドラッグすると、元素の力を宿した紋様が描かれる。

そこにさらに2つ目の元素を組み合わせる(重ねる)ことで、魔法が完成するという仕組みだ。具体的には用紙の下部に魔法の名前が表示されたらその部分をクリックし、別途用意された「印鑑」で判を押せば魔法の巻物としての完成になる。

あとは巻物を丸めてリクエストが書かれた手紙に貼り付け、窓で待機している伝書フクロウに渡せば完了。これが巻物の作成とそれを依頼主へと提供する流れとなる。

提供が完了するとそのまま次の依頼主からのリクエストが送られてきて、再び作成に取り組む。そして、何度かのリクエストを完了させると窓が閉まって伝書フクロウが来なくなり、1日のうちにできることが完全終了。

あとは部屋のベッドで就寝し、次の日を迎えて再びリクエストに応じた巻物を作っていくということの繰り返しだ。このような具合に本編は日数単位で進行する仕組みで、巻物作りに勤しんでいくのが主な流れとなる。

なお、本編の最終目標となる学生ローンの返済期限は14日後。その日までにローンを完済しなければならない。また、その合間にも何度かの返済日が発生し、収入で貯めた資金からその分を支払うことが求められてくる。

最終期限以外の返済日なら、支払う以外に延長という選択もできるのだが、それがどんなデメリットを生むのかはお察しの通りである。仮に選んだとしても、最終的に完済できれば問題ないので、必死になって頑張れば救いはある。頑張らなかったり、何度かリクエストに失敗でもして、ロクに収入が得られないような事態になったら……ご愁傷様です。

そんなこんなで取り組む仕事自体は単純で地味なのだが、背負うものが背負うものだけに、妙な緊張感も漂う内容に仕上げられている。

同時にリクエストという名の課題をこなしていく構成と、4色のインクの組み合わせを試しては考える遊び方の通り、シミュレーションというよりはパズル性が強め。それも巻物を作る(クラフトする)という点で、クラフト系パズルシミュレーションゲームとも言える作りになっている。

「特別なお客」それぞれのストーリーが、巻物作りの嬉しさと仕事のやりがいを刺激する!

色の組み合わせをあれこれ試しては考える内容からは、「あーでもない、こーでもない」と試行錯誤を繰り返す面白さが魅力と思うかもしれない。確かにそれも魅力と言えば魅力ではある。しかし、それ以上に光るものがある。高いストーリー性だ。

実は本作、主人公の学生ローン返済とは別にリクエストを送ってくるお客側のストーリーも複数用意され、同時に進行する構造になっている。厳密には「特別なお客」という特定の重要人物が数名いて、ある程度、ゲームが進むと当人たちからのリクエストが送られてきて、それに応じることになるのだ。

特別なお客だけに、送られてくるリクエストは多少難しいのだが、無事、応えることができれば、翌日に当人から感謝の手紙が送られてくる。同時にリクエスト通りの巻物を得たことによる“その後”が手紙の中で語られ、それぞれのストーリーが紡がれていくのだ。

これがなかなか面白く、それぞれが今後どんな物語を紡いでいくかの関心を誘うと同時に、巻物制作に対するやる気を促してくれる。しかも、送られてくる感謝の手紙の内容はその後も書かれているだけあって結構長くて感情たっぷりに加え、リクエストにしっかり答えてくれた主人公ことプレイヤーを目いっぱい褒めてくれる。

おかげで「自分の作った巻物が依頼主の役に立った」という確かな実感も得られて、思わず嬉しい気持ちにもなってしまうのだ。

複数いる特別なお客の中で、特に愉快な反応を見せてくれるのがドワーフの「スルムハルド・エクスビュルン」(エクスビュルン)

自らのことを仰々しく、かつ豪快な口調で語る手紙の内容もさることながら、リクエストに応えると同時に紡がれていく冒険譚がとても波乱万丈で、その後の展開がどうなるのかつい気になってしまうものになっている。

最終的にどんな結末を迎えるのかは、見てのお楽しみだが、おそらく人によっては「その活躍を詳細に描いたスピンオフを見てみたい!」という気持ちになるだろう。

あと、ドワーフならではのネタとお約束の“アレ”がフォーカスされている点にも注目である。“アレ”と言ってもなんのことやらかもしれないが、ひとまず「AAAXE!」と叫んでおこう。

エクスビュルン以外の特別なお客も、印象に残る面々ばかり。中でも吟遊詩人「マイオスタル」はいい意味でも悪い意味でも忘れられなくなってしまうはずだ。

なぜ、悪い意味が含まれているのかは、彼からのリクエストを実体験すれば思い知らされる

▲吟遊詩人「マイオスタル」近影

特別なお客に関しては、リクエストの内容でも個性付けを図っているのが面白い。基本、リクエストは手紙に書かれた「こういう魔法をください」とのメッセージが基本で、それに沿って魔法を作っていく形になる。だが、時にはそれとは全く別パターンのメッセージを送ってきたり、そもそもメッセージじゃないナニカ(?)を送ってきて、こちらを悩ませたりしてくるのだ。

どのようなリクエストが来るのかは見てのお楽しみということで伏せる。ただ、単純にメッセージ通りに作るパターンから外れたそれらには、色んな意味で刺激を受けること請け合い。ゲーム全体の流れに起伏を作る要素としても機能しており、ともすればルーチンワークになりかねない巻物作りの難点を潰すかのような工夫には、制作チームのセンスと一発ネタとして終わらせないこだわりを実感させられるだろう。

同じことは魔法作りも然り。前述したように4色のインクを組み合わせていくのだが、本編がある程度進むと、組み合わせられるインクの総数が増加。より複雑で、高度な魔法が作れるようになる。

また、紹介が前後したが、魔法には「強化と弱化」「延長と短縮」の補助効果も与えられ、それによって強力な別魔法を生み出すといったこともできる。リクエストの中には、その手の魔法を求めるパターンもあるほか、効果の続く時間(期間)を指定してきたりもする。

時にはその過程を通して、トンデモすぎる魔法が生まれる瞬間を目撃することも。このような発見の驚きと楽しさを引き立てる仕掛けも凝らされており、ルーチンワーク化の防止に一役買っている。そして、そんな思いもしない発見が起きる日常という点で、主人公視点でのストーリーを演出しているのも面白いところである。

色んな組み合わせを試し、時には魔法の情報が記された「図鑑」を調べるといった巻物作りの試行錯誤も、ハマれば時間が吸われていく面白さはある。だが、本作はそれ以外にもゲームとしての面白さと印象深さを際立たせる工夫が万全で、物作りに終始するゲームに留まっていない。肝心の遊びとそれ以外のところでも確かな充実感を得られる、非常に密度の濃い内容に仕上げられているのだ。

繰り返しになるが、その中でも特別なお客たちの紡ぐストーリーは見どころ満載なので、ぜひ1人ずつ最後まで見通してみていただきたい。同時に彼らからの感謝の言葉を受け取ることによる充実感も味わってみてほしい。きっと、心温まる体験が得られるはずだ。

ある程度、歳を重ねた人ならば、手紙というアナログな伝達手段を通じたコミュニケーションの良さみたいなものも再認識させられるかもしれない。中でも感謝の言葉が綴られた手紙の内容と分量には、その強みが凝縮されているので必見だ。

低めの難易度と急かす要素の少なさは賛否が分かれるが、じっくり取り組んでハマれる良作

ここまでのスクリーンショットからも分かるように、本作はローカライズも驚くほど手の込んだものになっている。特に特別なお客それぞれの手紙は、キャラクターに応じた固有のフォントを採用して表現しているというこだわりぶり。

肝心の日本語翻訳も完璧と言っていいほど洗練されていて、非常に読みやすい。この辺りは大手のゲーム企業が関わっているなりの強みとも言えるが、無料配信のゲームでもここまでレベルの高いローカライズをしてくれるその姿勢には素直に感服すると同時に、「この素晴らしいゲームを最良の形で届ける」という確固たる意志を感じさせられるところだ。

ただ、手紙によっては文字サイズが小さすぎて読みにくいものがあったりするのは惜しい。サイズ調整のオプションが備わっていないところもまた然りだ。

そのため、これから本作をプレイされる予定の方はなるべく大きめのモニターでプレイすることを推奨する。また、サイズがサイズだけにSteam Deckでのプレイは推奨されないのでご注意を。(※ストアページでは評価されていないが、文字サイズの時点で相当に厳しいのは確か)

その他、本作の操作はマウス単体で完結するもので、これと言って不便さは感じさせない。ただ、インターフェース周りは感謝の手紙を閉じるボタンが見えにくかったり、作業台のスペースが狭く、印鑑や手紙、図鑑を出しっぱなしにすると巻物作成が煩わしくなるのは少し気になるところ。後者の煩わしさは、狙ってやっている線も考えられるが。

ボリュームもスムーズに行けば2時間以内でクリアできるほか、難易度も返済額はそこまでシビアではなく、ある程度失敗しても完済自体を普通に達成できる点は賛否が分かれるかもしれない。基本、時間制限などもなく、じっくり取り組める点もシビアさを求める人なら若干の物足りなさを覚えるだろう。

とは言え、それゆえに気軽に遊べて、まったり堪能できるのは大きな強み。また、それらの難点を補って有り余るほど高いストーリー性と起伏に富んだ巻物作成、その過程における試行錯誤の楽しさが頭ひとつ抜けている。

設定は世知辛く、やることも地味と言えば地味だが、その見た目からは想像もつかないワクワク感と仕事の楽しさ、嬉しさが凝縮されている本作。本記事で触れた特色に少しでも惹かれるものがあったのなら、ぜひ遊んでみていただきたい小さな良作だ。

ストーリー性の高さから、アドベンチャーゲーム好きにもイチオシだ。お客と自らのためにも魔法の巻物を作り、色んな未来を紡いでいこう。

[基本情報]
タイトル:『ENSCROLL』
開発:InTheBox
クリア時間:2~3時間
対応プラットフォーム:Windows
価格(税込):無料

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