初対面の人間と会話するだけで1日1万円!「うまいことは二度考えよ」を地で行く短編ノベル『ファミレス・ミステリー』

ノベルゲーム,フリーゲーム

ファミリーレストラン(ファミレス)で、顔見知りでない人間と雑談するだけで1万円!

もし、そんなアルバイトを紹介されたら、アナタは引き受けるだろうか。
「なんてお得なアルバイトだ、やろう!」とは多分、ならないと思う。
「怪しすぎる!」「絶対に裏がある!」と強い警戒心を抱き、断る流れになると思う。
「うまいことは二度考えよ」なんてことわざもあるぐらいだ。

ところが本作、『ファミレス・ミステリー』の主人公は引き受けてしまうのであった。

ファミレスで初対面の人との会話し、その録音データを依頼主に送ろう

ちなみにあらかじめお伝えしておくと、引き受けるか否かは選択可能。

だが、ここで疑念に従った決断をすればその後、どうなるかは察せるはずだ。
そんな訳で引き受けましょう。そういうゲームです。

改めて本作、『ファミレス・ミステリー』の紹介を。本作は2024年2月21日より、「ノベルゲームコレクション」にて配信中のWindows PC、ブラウザ向けフリーゲームだ。内容としては、選択要素のあるノベルゲームとなる。

本作の主人公にして、件の怪しいアルバイトを引き受けることになるのは「浅見誠吾(あさみ せいご)」という大学生。彼はある日、同じ映画サークル所属で、心理学を専攻している友人「坂田明人(さかた あきと)」に呼び出され、近所のファミレスに訪れる。

そこで彼は坂田から、件のアルバイトを紹介される。期間は今日から3日間。報酬は1日1万円で、総額3万円である。この奇妙なアルバイトの目的は坂田いわく、心理学の論文用データ収集を目的にしているとのこと。

そのため、会話はすべてスマホで録音して、そのデータを終わった後に坂田へ提出して欲しいと浅見に対して依頼した。また、会話相手はネットで募集した中からランダムで選ばれた人物。その人物には、会話中に坂田から「話題」が送られてくることにもなっていて、それが振られたら気楽に会話して欲しいと説明される。話題は相手ごとに違ったものが送られる模様。また、初対面でその場限りの会話だからこその価値を高めるためにも、相手との連絡先の交換はするなともクギを刺された。

そんな説明を受け、浅見はこの不思議なアルバイトに取り組んでいくことになったのである。期間が3日間ということで、本編は日数(Day)単位で区切られた構成で進行。それぞれで対面する相手と会話を繰り広げていくのが基本的な流れになる。

そのため、ゲームプレイ全般としてはテキストを読み進めることが大半になるが、前述した「話題」にまつわる会話では選択肢が発生。このいずれかを選ぶと、その後の会話の流れが変わる仕掛けが凝らされている。なお、どの選択肢を選んでもアルバイトの成否にはまったく影響しない。なので、出された話題に対し、プレイヤーの思うがままの回答をしていくだけで十分だ。

最終的に3日目の会話が終わって、坂田へのデータの送信が完了すればエンディングである。こんな具合に危険なトラップもなく(?)、気軽にストーリーを読み進めていけるノベルゲームにまとめられている。

ミステリーな仕掛けと、強烈なテーマ性を秘めたストーリー

「本当にそれだけ?」となる内容だが……もちろん、そんなことはない。
「うまいことは二度考えよ」のことわざの通り、このストーリーには大きな秘密が隠されている。そして、それこそが本作最大の見所であり、魅力となっている。

そもそも、ここまでの時点でタイトルに冠された「ミステリー」たる所以にまったく触れていないが、まさにこのミステリーが本作の真髄なのだ。最終的にプレイヤーこと浅見は、このアルバイトの”真の目的”を知ることになる。それが何なのかは、アルバイトを進めていくにしたがい、自然に気づかされることになるだろう。

正直、初日の時点では気づかないかもしれない。本当に初対面の人間との他愛もない会話が繰り広げられることになるからだ。会話の内容も残業続きの日々に疲弊しているとか、1番好きな映画は何かと聞かれて邪念が頭を過ぎってあれこれ考えてしまうなど、苦笑い必至のものばかりである。

特に1番好きな映画に関する会話の下りは、映画に限らず、アニメや漫画、ゲーム好きでも思わず「だよな!」と深く頷いてしまうこと間違いなしだ。筆者も頭がもげかけるほど頷きました。(だよな、決められないよな、そうだよね。)

▲ですよねぇ……。

そんな感じに最初は本当に穏やかなノリで展開していくのだが、2日目から気がかりな”疑問”と”矛盾”が姿を見せ始める。具体的な言及は避けるが、「本当にこれって心理学の論文用データのためのアルバイトなの?」と、疑わざるを得ない情報が出てくるのである。

そして、3日目においてそれはほぼ確信に近い形になる。同時にそれまでの3人との会話すべてで然るべき流れが生まれ、データとして坂田の元に提出されていれば、本作は紛うことなき”ミステリー”へと変貌を遂げるのである。

実質、ネタバレ同然の説明になってしまっているので、これ以上の紹介は控える。とにかく、”然るべき流れ”というものを生み出してみていただきたい。そうすれば本作の真の姿、ファミレスで繰り広げられるミステリーとしての真髄を見ることになる。

そして一見、不思議なアルバイトを受けた学生の他愛もない会話の数々への見方も一変するはずだ。そこが本作のストーリーの中で特に唸らされる部分。一見、なんでもなさそうな会話が、後々になって実は……というものが、恐ろしく自然な形で溶け込んでいるのだ。

また、徐々に違和感が増していく2日目から3日目とその終わりの流れも素晴らしい。中でも、まだ違和感も何も抱いていないオープニングと1日目が一連の関心を高める仕掛けとして見事に機能している。3日間を一通り終え、再び1日目からやり直してみれば、大いにその巧みな流れと構成に唸ってしまうはずだ。

さらに本作のストーリーでは「善悪」をテーマとした話題も随所で展開され、主人公の浅見のみならずプレイヤーにも深い問いかけを残す。

中でも、本作が”完全な形”で決着を迎える展開を迎えた後、浅見が取る行動には色んな考えが頭の中で逡巡することになるはずだ。浅見のみならず、他の坂田を始めとする登場人物たちにも「善悪」というテーマは重くのしかかってくる。彼らに対しても、一通り終えた後には「これで良かったのだろうか……?」と、考えてしまうだろう。

その意味でも、本作のストーリーはクリア後にも強烈な余韻と問いかけを残す内容にまとめられている。それと、紹介が前後したが、本作は短編で、クリアするのにも1~2時間ほどしかかからない。なので、比較的早く終わってしまうのだが、おそらくクリアした後も本作の印象はずっと残り続ける。下手すれば、延々とそのストーリーについて考え続けてしまいかねないほどだ。

そんなまさかと思うかもしれないが、誇張ではないことは例の結末に到達すればよく分かるはずだ。そんな訳で、短編であっても凄く印象に残るノベルゲームを探している人がいるなら、すぐにでも遊んでいただきたい。想定以上の余韻が残る体験をお約束する。

本当に残り続けるのか疑問に感じた人もまた然り。嫌でも「こんなの考え続けちゃうだろ……」となること請け合いである。それほど深みを持ったストーリーなのである。

短編ならではの制約も活かす作り込みも光る、記憶に残る良作

ストーリーに関しては他にも見所がある。ひとつに会話のテンポ。短めかつ、要点を押さえた台詞回しが全編に渡って徹底されていて、非常に読みやすい。それぞれの日ごとの会話も程よいボリュームにまとまっている上、件の「話題」が出されるタイミングも適切なのもあって、退屈しにくい塩梅になっている。

そして、もうひとつは意外に無理を感じさせない展開。特に本作を進めていくに当たり、大半のプレイヤーは、会話相手と主人公が出会う過程の早さに疑問を抱くかもしれない。「双方が初対面なら時間がかかるのが常では?」と。短編として作られているなら、これも仕方がないのだろうという制作上の都合も考えてしまうかもしれない。

だが、これにも非常に納得感のある理由付けがされている。詳しくはその場面を参照いただきたい。きっと色んな意味で「それなら早く気付くのも無理はない」とガッテン確実である。並行してある場面への見方も180度変わることをお約束する。

他に細かい部分では、会話の流れに応じて特徴的な音が鳴り響くなど、リズム感を引き立てる演出が仕込まれているのも全体的な読みやすさ、退屈さの払しょくに貢献している。登場人物の個性付けも適切で、中でも最初に会話相手として登場する三村麻衣(みむら まい)には、社会人ほど同情してしまうかもしれない。だが、最も印象的なのは主人公の浅見だ。件の”完全な形”の結末を迎えた際の行動もあって、複雑な思いを持ってしまうだろう。

全体を通して、これと言って気がかりな箇所はなく、綺麗にまとめられた短編ノベルゲームとして完成されている。強いてひとつ挙げるなら、ゲームスタート時に表示される「ファミレスに入店する」の選択肢だろうか。これは必要無かった気がする。むしろ、ここもアルバイトの引き受けと同じように仕掛けを施したら、よりストーリーが面白くなっていたように思ったのだが、どうだろう……。

だが、現在の時点でもストーリーの面白さは盤石だ。短めながらも、最後まで”完全な形”で決着させることで、強烈な余韻と問いかけが残る本作。設定の珍しさとストーリーの特徴に惹かれたなら、ぜひ遊んでみていただきたい良作だ。合計3万円の報酬のためにも初対面の人間との会話を楽しんでみよう。そして、その裏に隠された目的を果たすのだ。

[基本情報]
タイトル:『ファミレス・ミステリー』
作者:古賀
クリア時間:1~2時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格(税込):無料

◇ダウンロード・プレイはこちら
・ノベルゲームコレクション
https://novelgame.jp/games/show/9411

  • シェループ(@shelloop

    様々なゲームに手を伸ばしたがる人。2D、3Dのアクションと手強めの戦略シミュレーションを与えると喜びます。

    Webサイト:box sentence