『Deemo』が切り拓いた「ゲーム的革新性」とは?数々の音ゲーと比較してみた

『スクフェス』『ナナシス』『SB69』に『デレステ』……スマートフォンをプラットフォームとするリズムアクションゲーム(いわゆる「音ゲー」の一種)は、今もっとも旬なジャンルのひとつと言っても過言ではない。ガラケー時代から求められてきた、1プレイ数分単位でどこでも遊べる「手軽さ」と、自身のプレイスキルが結果に反映される「(直感的な)ゲーム性」とを兼ね備える本ジャンルは、カジュアルゲームの一つの結論だと言える。

このジャンルは、制作側からしても、拡張性・持続性の面で非常に優れている。曲かキャラクターか(たまにシステムか)で新規プレイヤーを獲得した後は、同じく曲か譜面、キャラクター(カード)を新しく追加しさえすれば、プレイヤーは「音に合わせてオブジェクトをタッチする(/対応するボタンを押す)」操作(の2分弱の組み合わせ)を際限なく繰り返す。聞こえる音楽に合わせて動くこと、それ自体に楽しさが宿っているから。そして完璧に演奏(プレイ)できれば、それが達成感や自信になるから。

はじめての曲ならまずは「ノルマクリア」を。スキルが上達してきたら、一度もミスせずにつなげる「フルコンボ」を。それでも、セーブポイントの存在しない、一発勝負の緊張感の中では、これまでの実績に見合う結果がいつも訪れるわけではない。このように、同じ曲・同じ譜面に対して、プレイヤーそれぞれが異なる目標を設けることができ、繰り返し楽しめるのも、ゲームの賞味期限を長らえる要因だ。それでも何をしていいかわからないビギナーには、ストーリーなどゲーム内アイテムの「解禁」を目指すように誘導する。逆にすべてし尽くしてしまったというマスターには、終わりなき戦場、「プレイヤーランキング」を用意する。まさに全方位死角ナシの構えである。

だからだろうか、こうしたゲームの多くは、その魅せ方にはあまり注意が向けられてこなかった。他のジャンルでしばしば議論される「語り」(ナラティブ)は、このジャンルでは(上述のように)チュートリアルやナビゲーションといった立ち位置のものであり、むしろ始めたことによってゲームとプレイヤーの関係をいたずらに定めてしまうような、あるいはゲームの寿命を縮めてしまうような、取扱注意の危険物であるようにさえ思える。

……と、ひとしきり当該ジャンルの概要を述べたところで、そろそろ作品の紹介に移ろう。
今回取り上げるRayark社の『Deemo』は、音楽ゲームが必然的に抱える諸問題に勝負を挑み、ジャンルにおけるゲーム性のみならず、端々から漂う頽廃的な世界観、そして自身のプレイスコアをtwitter/Facebookに発信した際に、登場人物のものと思われる意味深な台詞が表示されるという、外部SNS連携にまで及ぶ「語り」を含めた、ひとつの「作品」として高い評価を受けた名作である。既にiOS/Android両OSでプレイできるようになってから2年近く(執筆時点)になるが、今年6月からPS Vita版、サウンドトラック、キャラクターグッズと次々に商品を展開し、ついにはノベライズも発売されるなど、衰えないどころか勢いづいている本作。PS Vita版『Deemo ―ラスト・リサイタル―』にてアフターストーリー(エピローグ)が提示されたことで物語は幕を下ろしたが、ここでは主にゲームシステムに焦点を当てて、本作の魅力を語っていこうと思う。

なお、本記事は2015年12月現在最新のv2.1.4(Android)に基づく。

部屋とピアノと黒い影

まったく個人的な話だが、筆者は今のスマートフォンに変えてから一度も『Deemo』を起動していなかったようで。本稿のために立ち上げると、ゼロからのスタートになっていた。
データの引き継ぎについては、AndroidならGoogleアカウントを認証させることでAuto Sync機能が利用可能になり、旧端末でのクリア状況を復元することができる。
が、せっかくなのでそのまま1時間ほど、新規プレイヤーとして遊んでみることにした。

さて、本作に初めて触れるプレイヤーは、タイトル画面のあと、黒い人影が散乱する楽譜を物悲しげに眺める映像を観て、円形の部屋で孤独に佇む「それ」に出会う。その影は何も語らず、他の場所をべしべしとタップしても、何も起きない。ここはいったいどこなのだろう。タイトル画面に写っていたあの少女はどこにいるのだろう。

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音楽ゲームを始めたつもりが、脱出ゲームになっていた……?

開始数秒で多くの謎に直面するというのは、直感的なゲーム性がウリのリズムアクションゲームではまず体験できないことだ。作品の狙い通りに、プレイヤーは「この物語を”読解”しなければならない」という使命感のようなものを携えて、画面下部の「PLAY」の文字をタップする。

いよいよ音ゲーパートに移るわけだが、この状態で選択できるのは、「Dream」と「Reflection(Mirror night)」の2曲のみ。譜面の難易度はEASY, NORMAL, HARDの3段階で、曲名横の♪マークをタップして順送りできる。最後にオブジェクトの流れてくる速さを調整して、演奏を開始しよう。

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黒いオブジェクトはタップ、黄色いオブジェクトはスライド(が一般的だが、タップで個別に拾うことも可能)。

空から少女が降ってくる

演奏を終えると、新たに2曲が追加される。この段階で部屋に戻っても何も起こらないが、リストに並ぶいずれかの曲をプレイすると、いよいよあの少女が「重力に身を任せて」落ちてくる。

ここで解禁される2曲の片方は「Nine Point Eight」。重力加速度を題名に掲げるボーカル曲は、耳馴染みのよいストリングスとピアノのアンサンブルと、そこに載る歌詞の内容とのギャップで、70を超える収録曲の中でも屈指の人気を誇る。

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衝撃的な歌詞はアーティストの公式サイトで掲載されている。

みたび曲リストを開いたプレイヤーは、楽曲の並び順までもが、この物語を形作っているという事実に気がつくことだろう。「Nine Point Eight」より前の4曲を飾るイラストはすべて主要キャラクターであるDeemo独りであったが、この曲に添えられているのは、楽曲プレイ後に描かれる物語にも、楽曲内の歌詞にも連動した、逆さまに落ちてくる少女なのだ。これから様々なコスプレでプレイヤーの目を楽しませてくれる楽曲イラストだが、それが楽曲のイメージのみならず作品全体の雰囲気も拡充させているというのは、なかなか他の音楽ゲームでは見られない特徴だ。

そして、少女と出会った後の演奏では、その譜面の新鮮さや演奏精度に応じて、部屋中央の樹が成長するようになる。二人の口から明確に語られるわけではないが、樹を高く成長させて、少女が落ちてきた天窓まで戻れるようにすることが、このゲームの目的だということは想像に難くない。

「世界を構成する最小人数は二人」というのは、『うみねこのなく頃に』シリーズで印象的な台詞だが、まさにここから『Deemo』の世界が始まるのだ。

ピアノの音色は雪月花の響き

この後は、樹を成長させてストーリーを進めつつ、各部屋を探って演奏できる曲を増やしていく。

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探索パートではとにかくあらゆる場所にタッチする。

ただし、樹も生き物、いくら魅惑的(charming)な音色でも、同じ演奏ばかり聴いていては飽きが来る。ひとつの譜面を2回、3回と演奏していくと、樹の成長が鈍くなっていくのだ。
そのため、手に入れた楽曲は満遍なくプレイするのが効率的。この仕様は、プレイヤーがより多くの楽曲を望み、視聴体験を得ることを促すという意味で、ゲーム自体に飽きるのを遅らせることができるし、DLCとなる音楽パックの購入意欲も煽る良策であると考えられる。

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好きだからと言って連奏すると樹に飽きられる。

基本的なゲームの進め方はこのくらいにして、以降は作品としての『Deemo』について語っていこう。

本作が「直感的な操作でピアノの音色を奏でる」という体験をプレイヤーに与えるゲームだ、ということは前述の通りだが、それが褪せた色で描かれるイラストや常に言葉足らずなテキストとがっちり噛み合い、作品としてのまとまりをより強固なものにしている、と筆者は見ている。

そもそも、ピアノの音は儚い。ピアノやアコースティックギターのように、打鍵・撥弦の瞬間が最も大きく、そこから空気に溶けていくように消えゆく音色は「減衰系」と言われるが、物悲しさを醸し出すのにこれ以上の適音はない。解ける雪、欠ける月、散る桜に美しさを見出す日本人の感性は、きっとピアノの調べにも同様の想いを寄せているのではないだろうか。

『Deemo』において、この減衰は聴覚だけでなく、視覚でも感じることができる。設定でNote EffectをONにしておくと、ピアノの発音に合わせて、判定ライン上から黒い線が浮き出てくるのだ。音の高さに合った場所から生まれると同時に減衰が始まり、中央に見える五線譜のあたりで消えていく、「目に映る音」。このエフェクトによって、手前に映る判定ラインがピアノの鍵盤を模しているのではないかということが、なんとなく想像できる。

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現れた黒い線は、すぐに薄れて溶けていく。

さて、雪月花の滅びの美は、時間が流れるが故にもたらされるものだが、時とともに変わることは、生きている証でもある。だとすれば、永遠の少女性は、無垢な生の保存というよりは、むしろ死化粧の領域にある――というのは、主に日本で展開されるゴシックロリータ・ファッションについてのごく個人的な見解なのだが、そういった衣服にピアノモチーフはよく用いられる。単に白黒の鍵盤が配色的類似を呼んだのか、あるいは朽ちる音色に共感を抱いたのか。きっかけは寡聞にて存じ上げないものの、そうしたイメージの連鎖があり、減衰系の楽器の中でも特にピアノが頽廃と結び付けられる土壌があることは、ここで指摘しておきたい。

つまり、やや暴論かもしれないが、セピア色のキーヴィジュアルから漂う雰囲気に惹かれてゲームを始めた人は、きっと収録曲も気に入るだろうし、逆にピアノの演奏体験を求めてインストールした人は、きっとこの世界観も好意的に受け容れるだろう――簡潔に言えば、「期待はずれ」が極めて少ない、そういうゲームに『Deemo』は仕上がっているのだ。

アーケードで展開されている音楽ゲームでは、なかなかこうは行かない。アーケードゲームにおいては、お金を入れてからプレイするという都合上、潜在的プレイヤーに「お金を入れさせる」必要がある。冒頭で述べたように、キャッチーなキャラクターを用意する、あるいは誰もが耳にしたことのあるようなポピュラーソングを収録する、という手法がとられるわけだが、後者を採択した場合、必然的に「作品としての一体感」は放棄せざるを得ない。『jubeat』や『REFLEC BEAT』、『GITADORA』の筐体の変遷を見るとわかりやすいが、はじめはスタイリッシュなデザインで展開したものも、ナンバリングを重ねるうちに、明るくポップで、とっつきやすくなっていく。間口を広く持ち続けるために、アーケードゲームは作品ではなく、何でも入れてしまえる筐(はこ)になっていると言えるだろう。多くの音楽ゲームがそのように普遍化していく中で、確固たる世界観を展開する『Deemo』は、既存の音楽ゲームプレイヤーにとっても新鮮で魅力的に映ったのではないだろうか。

『Deemo』のゲーム的革新性……の前に

前項では、「ピアノ演奏体験」というゲームコンセプトが『Deemo』の作品強度に寄与していると述べたが、ここからは、直感的な操作を「演奏体験」に昇華させている、システム面での革新性について見ていこう。

「ピアノを演奏できる音楽ゲームがあれば楽しいだろう」という発想は、まったく珍しいものではない。ピアノは幼少期の習い事の定番で、ミキシング機材や太鼓より知名度も、演奏に対する憧れのレベルも格段に高い楽器である。

しかし、それを実現できたゲームは今までなかった。鍵盤楽器のシミュレーションは、ふらっとゲームセンターを訪れて100円を入れればできる、ような易しいものではなかったのだ。実際に日本のゲームセンターで稼働したものとしては『KEYBOARDMANIA』があるが、2オクターヴ分、24鍵であっても、敷居の高さゆえに撤退した歴史がある。同様のインターフェイスでピアノを再現することの無謀さは、推して知るべしである。

画面上を移動してくるオブジェクトに対し、判定枠に重なった時に対応する入力装置を操作する――という形式の音楽ゲーム(以下「デバイス操作」型)においては、「オブジェクト」と「入力装置」の対応を覚えることが必要とされる。たとえば、9個の入力装置が2行に並んでいる『pop’n music』であれば、中央のレーンを流れる赤ポップくんが手前中央、左右端のレーンを流れる白ポップくんは手前の行の両端、赤の両隣を流れる青ポップくんは奥の行の中央寄り……といった具合に。言葉で書くと簡単そうに感じるものだが、9個の対応はすぐには身につかない。そこに来て、『KEYBOARDMANIA』の入力装置は24個。覚えにくさは言わずもがな、落ちてくるオブジェクトに合わせて反射的に操るのは、まず不可能だろう。

これに対して、オブジェクトに対して直接操作を行う形式の音楽ゲーム(以下「オブジェクト操作」型)では、少なくともそうした対応を覚える必要がない分、とっつきやすく、はじめから手応えのある譜面を楽しめるようになっている。日本で稼働したアーケードゲームでは、『jubeat』(モグラ叩き)、『REFLEC BEAT』(エアホッケー)、『maimai』(ダンス式洗濯機)、『DJMAX TECHNIKA』(画面拭き)がこのタイプに該当する。冒頭で挙げたスマートフォン向けリズムアクションゲームの数々も、すべてこの形式で展開されている。

CLIからGUI、WiiやKinectの動作感知……とインターフェイスの変遷を見てもわかるように、技術の進歩とともに入力装置は直感的・非境界的になっているが、だから「オブジェクト操作」型のほうが優れている、というわけではない。これらのゲームで提供されるのは、「リズムアクション」――裏で演奏される音楽に合わせてリズムを刻む体験であり、自分自身が演奏しているという感覚ではないからだ。『ラブライブ! スクールアイドルフェスティバル』をプレイすることを公式に「シャンシャンする」と称するように、こうしたゲームには「タップ音」や「タップ演出」が用意されており、成功的な音・演出をフィードバックされることで、プレイヤーは自身が「曲にノれている」と実感する。タイミングがずれれば明らかに空虚な音・演出となるが、楽曲それ自体が欠損することはない。

一方で「デバイス操作」型においては、「タップ音」ではなく「キー音」と呼ばれる、音源から切り出した楽曲の一部が発音されることが殆どであり、操作に失敗すると正しい形の楽曲を聴くことができない。その分、きちんと成功した時には「曲を
演奏している」という感覚が味わえる。

つまるところ、「演奏シミュレーション」に比重を置く「デバイス操作」型と、「リズムアクション」を提供する「オブジェクト操作」型とは、「達成感」と「とっつきやすさ」で一長一短の様相を呈しているのだ。

音ゲーのジレンマを超える「ノーレーン」機構

そうしたジレンマの中にあって、『Deemo』はある画期的な機構を取り入れることで、両者のいいとこ取りをすることに成功した。

前提として、『Deemo』はスマートフォン/PS Vitaで提供される「オブジェクト操作」型の音ゲーであり、両手の親指で(あるいは机上に置いて複数の指で)プレイすることが想定されている。この型が演奏シミュレーションを追求するならば、足りないのは「演奏している感覚」だった。一方、「デバイス操作」型における問題は先述の通りだが、それとは別に、ボタンが有限個である以上、どうしても正確に演奏を再現することができない――たとえば『beatmania ⅡDX』(7ボタン)であれば、1オクターヴ(8音)以上に亘るスケールをゲームにそのまま落とし込むことはできない――ということも、構造的欠陥として挙げられる。

『Deemo』はこれらの問題を、「オブジェクトレーンを撤廃する」ことで、解消してみせたのだ。

オブジェクトの流れるレーンを設定しない、言い換えれば画面を所与の数で分割しないということは、まずは、譜面の再現性を向上させることに繋がる。前の例を引けば、1オクターヴのスケールなら、特定の幅を8個に均等に分割してノートを並べればよいし、その中に半音階が混ざるなら、そこだけノートの間隔を狭めて「それっぽさ」を出すことも可能になる。『Deemo』は、このノート配置の自由さと「スライドノート」機能によって、ピアノ演奏の魅惑的なスケールやグリッサンドを丁寧に演奏体験に落とし込んでいるのだ。

もちろん、再現性が高ければ即ち「演奏感」の高い譜面、楽しい譜面ということではない。それでも、「デバイス操作」型の音楽シミュレーションゲームで必然的に発生する音と譜面の感覚的ズレ――「音としてはどんどん上がっていっているのに、譜面は同じ場所でぐちゃぐちゃやっている」とかそういう違和感――を、「オブジェクト操作」型が持つ柔軟性で極小化できると示した功績は大きい。しかし、おそらくではあるが、こちらはあくまで副産物に過ぎない。レーン撤廃の真髄は、もう一つの革新にある。

音ゲーのどれか一つにでも触ったことのある方なら、所謂「同時押し」が、演奏感・グルーヴ感に寄与することはおわかりいただけるだろう。未体験の方には、μ’sの『Snow halation』のアウトロや、CINDERELLA PROJECTの『Shine!!』のラスサビなどを思い浮かべながら(あるいは聴きながら)お読みいただければ幸いである。それまで別個に奏でられていたそれぞれの音が、ドラムスあるいはキーボードの和音をまとめ役として一つの楽器になる、そういった瞬間がある。物語で言えば「大団円」、一つの作品の最高潮にあたるわけだが、そのような全体感を演出する際に主として用いられるのが「同時押し」である。複数の音色を扱う音ゲーならば、型の別を問わず、一つの手が一つのパートを担当するのが常であり、それが同じタイミングで動かされることで、全身を使った音楽への同調が図られるのである。

あるいは、一つのパートのシミュレートであっても、主に強勢を置く目的で「同時押し」は多用される。一つの手で複数のボタン/オブジェクトを同時に捌く(『pop’n music』や『初音ミク Project DIVA Arcade』、『jubeat』など)、両の手を同時に動かす(『太鼓の達人』や『DrumMania』、『Groove Coaster』など)、場合はそれぞれだが、「演奏体験にメリハリを持たせる」、「プレイヤーがうまく演奏できている(ノれている)ことを実感させる」という効果は共通している。プレイヤーの側からすれば、「自分のプレイによって、曲が盛り上がっている」という感覚に繋がる、基本的だが重要なテクニックである。

しかし、初心者がこの体験を得ることは難しい。「同時押し」に対応できるまでに、そのゲームの操作に慣れていないからだ。だから自然と、初心者向けの譜面は”スカスカ”になってしまう。操作するボタン/オブジェクトの総数が少なければ、フィードバックも当然少ない。操作も効果も「うんたん、うんたん」の繰り返しでは、とても自分がその曲を奏でている、その曲を盛り上げているとは思えないだろう。

いちばんゲームの魅力を感じてほしい対象が、いちばん魅力から遠いところにいる――型のジレンマを超えて、業界全体のジレンマとなっているこの問題がなぜ起きてしまっているのかと言えば、それはどちらの型においても、「個々のオブジェクトが等価である」からに他ならない。

一つのオブジェクトの大きさは決まっており、それを処理する方法、処理した時の(少なくとも視覚的な)フィードバックも等しい。だから、フィードバックを増やす=プレイヤーの演奏体験を向上させるためには、通時的にも共時的にもオブジェクトを増やすしかなく、そうした譜面は初心者お断りの高難易度とならざるを得ないのだ。

そのような隘路において、『Deemo』は二つの意味で、「障壁を取り去った」。レーンの概念がないということは、個々のオブジェクトの長さもまた一意である必要がない――即ち「個々のオブジェクトの価値が可変である」ことこそ、『Deemo』の挑戦の真髄である。

オブジェクトの長さを変えられれば、操作難度とフィードバックの大きさの比例関係を崩すことができる。フィードバックは操作難度ではなく、本来的にはオブジェクトの価値に紐づいていたからだ。プレイヤーは長いオブジェクトのどこを処理してもよく、一方で得られるフィードバックはオブジェクトの幅に比例する。だから、等価オブジェクトでは同時押しを配置せざるを得なかった(=難易度を上げざるを得なかった)強勢や同調について、可変オブジェクトでは、「オブジェクトを長くする」ことで、操作難度を変えずに表現することができるのだ。これは逆に言えば、同じ音に対して、高難易度では同時押しをさせるが、低難易度では長いオブジェクト一つにする――といった具合に、演奏体験の質をほぼ損なわずにレベルデザインすることを可能にした、ということでもある。

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細やかに駆け上がるスケールとその直後の和音の衝撃が、重なりあうようなスライドノートときわめて長いオブジェクトによって、難易度Normalでもメリハリを付けて表現できる。

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主旋律に強勢が置かれることを、右のオブジェクトを長くして表現している。

ピアノ演奏には必須となる「伴奏」、主に左手が担当する和音についても、主旋律のオブジェクトより長いものを用意すれば、親指一本で奏でることができる。「デバイス操作」型の『KEYBOARDMANIA』が直面したピアノシミュレートの困難さは、「オブジェクト操作」型の利点を最大限に活用した手法によって、解決の緒を得たのである。

この機構は、SEGAの最新音ゲー『CHUNITHM』でアーケードデビューを果たした。最大16分割の可変長レーンは「ノーレーン」とイコールではない(2オクターヴを超えるスケールは再現できない)ものの、難易度によってオブジェクトのメイン幅が変化する様――低難易度では幅4~8のオブジェクトが殆どであるのに対し、高難易度では幅1のオブジェクトを要所に出して和音やスケールをシミュレートしている――は、可変長オブジェクトが音ゲーのレベルデザインや譜面の再現性と密接に結びついていることを証明している。当該ゲームの基礎デザインに『Deemo』の影響があることは疑い得ず、実際に『Deemo』とのコラボとして削除氏の楽曲「Altale」の収録が発表されたのは、稼働前のことだった。

「二本の指でピアノのシミュレートをする」という至難の命題に対して出された「ノーレーン」「可変オブジェクト」という答えは、音ゲー業界全体のジレンマを克服する可能性を秘めた大発明だと言えるだろう。

演奏者(プレイヤー)は誰なのか――「目に映る音」の行方

最後に少しだけ、「語り」の領域に関する話をして、この長いレビューを締めたいと思う。

前項で取り上げた、「難易度によって損なわれることのないフィードバック」は、さらに前に言及した「目に映る音」――発音を相対位置で視覚化したエフェクトによっても保証されている。このエフェクトは、プレイヤーの操作ではなく曲そのものと結びついているため、同じ曲を演奏すれば、必ず同じ位置から同じタイミングで浮き出る。だから、操作の対象が長いオブジェクト一つであっても、短いオブジェクトの同時押しであっても、それが同じ音をシミュレートしている限り、プレイヤーの体験に大きな差異はないと言えた。

しかし実は、同じ曲でも難易度によって変わるところが一つだけある。それは、エフェクトの「濃さ」である。

このエフェクトは、曲中のピアノの音をシミュレートするように表示されているが、その中でもオブジェクトに割り振られている音については、より濃い黒で流れるようになっているのだ。

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曲の特定のタイミングで比較してみよう。
上の画面:オブジェクトに伴奏が割り振られているため、左側の2音が濃くなっている
下の画面:オブジェクトに主旋律が割り振られているため、右側の3音が濃くなっている

プレイの出来不出来に関わらず流れるこのエフェクトは、おそらくはDeemoが演奏していることを示しているのだろう。彼は少女と出会う前から鍵盤を奏で続けていた。彼の腕は極めて確かで、決して演奏を違えない。少女が「眠くなってしまう」くらい、一点の傷もなく、完璧に弾き続ける。あましかし、それでは少女は救えないのだ。

プレイヤーがオブジェクトを正確にタップすることで、はじめて音楽は活き活きと魅力的(charming)になり、樹がそれを糧に成長する。だとしたら、奏でられる音楽にメリハリを与えて魅力的にし、樹を成長させている「演奏者」(プレイヤー)は、いったいこの世界のどこに居場所を持つのか。

影の存在であるDeemoに、往年のギャルゲーのセオリーを見て、Deemo自身がプレイヤーの器である――と言うのは、少し安直に過ぎるかもしれない。それでも、この演出に意味があるとするならば、プレイヤーを「語り」に巻き込もうとする力が、確かにこの作品には宿っていると言えるのだろう。あるいは既に、「単純作業」のはずの音ゲーというジャンルで、エフェクトの意味などを考えてしまう時点で、少女が落ちてきたこの世界は語り・語られることの魅力に満ち満ちていると言ってよい。


木爾チレン氏によるノベライズ作品『Deemo -Last Dream-』

その結実としての木爾チレン氏によるノベライズ、『Deemo -Last Dream-』には、誰の立場から、如何なる真相が描かれているのか。その内容とこれからの展開に期待を込めて、今回はこの辺りで筆を擱こう。

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    椿かすみ(@kasumits

    仕事でゲームを作って趣味でゲームをしています。よく遊ぶジャンルはアクションと音ゲーで、シューティングは下手の横好き。ハマったゲームは『Dungeons & Dragons Online』、『Diablo』シリーズ、『DJMAX』シリーズ、『DRAG-ON DRAGOON』など。