水族館特有の雰囲気作りと、確かな遊び応えが魅力の探索型ホラーアドベンチャー『アクアリウムは踊らない』

アドベンチャー,フリーゲーム

当初、5人のチームで作っていくはずが、ほどなくしてキャラクターデザイン担当を除く全員が蒸発。結果的に残ったひとりで全編作ることになったという、ホラーすぎる制作過程で注目を集めたアドベンチャーゲーム『アクアリウムは踊らない』。

2021年、前編が公開された同作は以前、当もぐらゲームス掲載の「今後のアップデートと完成が期待される、注目の制作途中フリーゲーム3選(2022年6月号)」の記事にて、注目タイトルのひとつとしてピックアップした。

あれから1年半が経った2024年2月15日。ついに本作は完成を迎え、PCゲーム配信プラットフォーム「Steam」でフリーゲームとして公開された。同年3月7日からはBOOTH、PLiCyでの公開も開始(※PLiCyはブラウザ版のみ)。ふりーむ!でも前編から完成版への更新が予定されている。

制作経緯を踏まえれば、困難を乗り越えて完成させたことに心からの祝福を送りたくなる本作(本当におめでとうございます)。最終的に仕上がった完成版はいかなる特徴を持った作品になったのか?今度は単独記事にする形で、その詳細な内容と見所を掘り下げていこう。

凶悪な海洋生物が蔓延る水族館が舞台の探索型ホラーアドベンチャー

改めて本作、『アクアリウムは踊らない』は「RPGツクールMZ」製の探索型ホラーアドベンチャーゲームである。作者は当初、キャラクターデザイン担当として参加したはずが、ゲーム部分も含むすべてを設計することになってしまった橙々(だいだい)氏。実はホラーゲームが嫌いなのにホラーゲームを作ったことから、「ホラー嫌いが作る水族館フリーホラーゲーム」をキャッチコピーとして掲げている。

ちなみに余談だが、氏は2020年5月16日からバーチャルYouTuber(VTuber)としても活動中である。チャンネルはこちら

キャッチコピーの通り、本編の舞台となるのは水族館、「ビアンカ水族館」なる場所だ。ある日、「ビアンカ水族館」のプレミアムチケットを手に入れた主人公「スーズ」は、幼馴染の「ルル」と一緒に水族館へと訪れた。そして、館長婦人の「クリス」の案内と共に館内を巡っていくのだが、突如、ルルが行方不明になってしまう。

スーズは館内を探し回るも、ルルは一向に見つからない。やがて巨大な水槽近くまで来たスーズは、そこでルルが身に着けていたブレスレットを発見。それと共にスーズの身に”なにか”が起き、気づいた頃には、周囲の何もかもが血のように赤く染まった水族館に立っていた。

それと共に現れる凶暴な海洋生物たちと、軍服を着た謎の人物「レトロ」。果たして、ルルはどこに消えたのか。この水族館のようでそうではない異様な世界は何なのか……という、謎に次ぐ謎を呼ぶ展開と共に本作のストーリーは幕を開ける。

ゲームの内容は、2Dの見下ろし視点(トップビュー)で構成されたマップを移動し、行く先々で発生するイベントをこなしながらストーリーを進めていく形となる。イベントは難解な仕掛けに挑む謎解き、スーズを付け狙う海洋生物の追撃を振り切る逃亡が大半を占めている。「RPGツクール」シリーズを用いて制作された探索型アドベンチャーゲームとしては、比較的定番の要素を網羅した感じの作りだ。

本作ならではの要素もある。ひとつはクラゲへの変身。

ゲームが進むと、スーズはクラゲの姿になって、館内の海洋生物が住まう水槽内部に入れるようになる。これを活用して水槽内にあるアイテムを回収したり、水槽の裏側にある部屋に出て近道するといった、水族館という施設の特徴を踏まえた展開が繰り広げられるようになっている。

もうひとつが謎解き。ジャンル的には定番の要素で、特に真新しさはない。ただ、本作に収録されている謎解きの多くはプレイヤーの柔軟な発想力を問う本格的かつ歯応えのあるもの揃い。

例えるならその昔、毎週土曜日午後7時から放送されていた某”スッキリ&モヤッと”なパズルクイズ番組に近いものになっている。もっと令和な例えにするなら、某謎解きクリエイター集団が出す類の問題揃いといった方がピンとくるだろうか。
そのため、解く際には紙とペンなども必要になるなど、その特徴に違わぬ体験が楽しめる。ただ、作中にはヒントも豊富にあるため、難易度はそこまで高くはない。ノーヒントでの攻略を余儀なくされるようなことはないのでご安心を。

他に本作はダメージ制も採用されていて、凶暴な海洋生物の攻撃を受けたりすると画面左上に表示された数値が減少。0になるとゲームオーバーになる。

受けたダメージは館内の特定地点で回復可能だが、逆に言えばそこにたどり着くまでの間は継続。食らいすぎると、一部の逃亡イベントが難しくなってしまうこともあるので注意が必要だ。

このような本作特有の個性を表した要素がいくつかあり、独特な遊び心地を表現している。

なお、本編はストーリーに沿って進めていく1本道構成。過ぎ去ったマップへと戻るようなことはできない。そして、エンディングの分岐もあり、プレイヤーの取った行動、もしくは選択次第で複数の異なる結末を迎える仕掛けも凝らされている。この辺りは「RPGツクール」シリーズ製探索型アドベンチャーゲームの定番に準じている感じである。

水族館ホラーとは、居心地の良さと悪さが入り混じるもの

かつて取り上げた前編の時点でも健在だったが、本作最大の特徴は水族館が舞台というその作品性だ。現実にも水族館内を舞台にしたホラーイベントが開催されるケースはあるが、作品の題材として扱われるケースは比較的珍しい。おかげで、その設定だけでも独特な体験が楽しめる内容に仕上げられている。

水族館特有の静かで幻想的な雰囲気もそのひとつ。現実の水族館でも、特に多数の海洋生物たちが展示されているエリアは物静かで、幻想的な雰囲気が漂っていたりする。本作もそうした雰囲気をグラフィック、音楽、効果音、演出を駆使して表現。それもあって、凶暴な海洋生物の追撃を受けていない場面の多くは、ついその雰囲気に入り浸り続けたくなってしまうほど、”癒し”を与えるものに仕上げられている。

特に効果音もそのような静かで幻想的な水族館らしさを引き立てる狙いから、過度に主張しすぎない音を選んでいるのが見事。一部、愉し気な音楽が流れる場面もあるが、その頻度も最小限に留められていたりと、その徹底したこだわりにはプレイすればするほど感心させられること請け合い。同時に現実でもこの雰囲気を味わいたくなり、無性に水族館へと行きたくなってしまうだろう。

現実の水族館なら、本作のように凶暴な海洋生物に襲われる心配もないだけに。

幻想的な雰囲気作りとは対照的に、凶暴な海洋生物の追撃を受けたり、怪奇現象に襲われる場面の雰囲気は非常におどろおどろしい。場所によっては生々しい血痕があったりするので尚更だ。それまで居心地の良かった水族館が、居心地の悪い水族館へと変貌するその過程はインパクト十分。演出面でも居心地の悪さを出すため、音楽もそれを煽り立てるものを選ぶなどと徹底している。ドッキリさせる類のネタも特に序盤は多く、思わず「ホラーゲーム嫌いが作っているはずなのに何故だ!」とかツッコみたくなるとかならないとか。

何より、居心地の良さと居心地の悪さが交互に降り掛かる構成のおかげで、ゲームプレイも退屈しない。こうした対照的な雰囲気作りができているのも水族館という舞台設定ならではであり、まさに唯一無二の探索型アドベンチャーゲームを確立させていると言っても過言ではないだろう。

もちろん、ゲームとしての遊び応えも抜かりない。
特に謎解きはプレイヤーの柔軟な発想力を問うものばかりのため、非常にやり応えがあり、つい真剣になって取り組んでしまうほどだ。凶暴な海洋生物の追撃を受けるイベントも、ネタ自体は探索型アドベンチャーゲーム定番のものだが、それぞれ対処法が異なる流れを設けることで、同じなのに違う手ごわさを表現している。

ダメージ制のシステムも、特定ポイントでなければ回復できない仕様がいいアクセントになっていて、慎重な行動を心がける気持ちを刺激する。何より、謎解きも追撃も真剣に向き合わないと乗り越えられない、確かな遊び応えを表現したものに完成されているのが、単なる雰囲気重視のゲームとして終わらせない志の高さが滲み出ている。とりわけ謎解きに関しては、水族館の舞台設定も存分に活かしきっており、それぞれを解き続けていくにつれ、本作ならではの謎解き体験確立へのこだわりに気づかされるだろう。

そして、ストーリー。前編の紹介でも言及したが、謎に次ぐ謎が相次いで提示されていく構成で、プレイヤーを最初から最後まで引き付けて離さない。「この水族館のようで水族館ではない世界は何なのか?」「軍服を着た女性の正体とその目的とは?」「幼馴染のルルはどこへ行ったのか?」など、真実への関心が高まれば高まるほど、止め時が分からなくなってしまうはずだ。また、前編ラストで展開された謎めいたどんでん返しの続きも完成版ではきちんと描かれる。その先で待ち受ける様々な謎に対する答えも一部、ショッキングなものを含むことから、嫌でも強い印象が残るはずだ。

最終的な完成を迎えて明瞭になったのは、居心地の良さと悪さを両立させた探索型アドベンチャーゲームになったこと。そして、雰囲気のみならず探索型アドベンチャーゲームとしてのやり応えも抜かりない、バランスの取れた作品になっていることだ。

特に居心地の良さと悪さが入り混じる構成は、まさに本作でしか味わえないものになっている。この特徴に少しでも関心を抱いたのなら、もはや言うまでもない。本編こと「ビアンカ水族館」の入口を潜ろう。きっと忘れられないひと時を楽しめるはずだ。

この舞台設定だからこそ味わえる体験が本作にはある

本編のボリュームもじっくり進めて4時間ほどと、探索型アドベンチャーゲームとしては程よい物量に収まっている。
ただ、あくまでも謎をスムーズに解いていけた時の場合である。それなりに手を焼く事態になれば、10時間近くを要してしまうかもしれない。逆に言えば、そうなればなるほど水族館の雰囲気をたっぷり堪能できる。なので、ワザと苦戦してみるのも一興かもしれない。

また、前述したがエンディングの分岐要素もあり、これらすべてを解き明かそうとした際もそこそこの時間を要すだろう。ただ、分岐に関しては一部、取り返しのつかなくなるトラップもある。特に終盤のマップに設置されたセーブポイントは、それに直結しやすくなっているので、もし、1周のうちにすべてのエンディングを網羅したい場合は、ネタバレになる関係でボカすが”入口の前”でのセーブを別途、確保しておくことをお薦めする。

純粋にプレイしていて気になった箇所もある。特に暗いマップ(※非イベント)の視認性である。モニターの明るさ設定が低すぎると、どこが通行可能な場所なのかが分からなくなってしまう。明るさ設定を上げてもぼんやり見える程度で、もう少し明るくするか、もしくは通路に当たる場所に何かサイン的なものを表示して欲しかったように思った。

ストーリーも最終的にはちゃんと完結するが、一部、不明瞭なまま終わる設定もある。また、本編で捜すことになるルルについては若干、人物像の掘り下げが足りていないのが気になった。詳しくは言えないが、”アレ”はもう少し長くしても良かったように思う。他に後半、氷の床が登場するのだが、なぜかここに限って移動時にラグが生じる。仕様の可能性もあるが、結果として某イベントで不要な障害になってしまっているのは勿体ない限りだ。

そのような粗も少々あるが、ゲームとしての体験の独自性と遊び応えは異彩を放つ仕上がりだ。時に怖く、時に癒しを提供する、まさに水族館を舞台にしているなりの体験が味わえる本作。
繰り返しになるが、舞台設定の独自性に関心を抱いたなら、すぐにでも遊んでみていただきたい良作だ。探索型アドベンチャーゲーム好き、ホラーゲーム好きにもお薦めである。様々な体験が凝縮された、この不思議な水族館に訪れてみよう。

なお、ホラー表現はドッキリさせるネタが序盤に結構あるほか、残酷なイベントカットはとことんエグかったりするので、苦手な人は要注意。血も割と出ます。

そして、最後に本作を見事完成させた作者の橙々氏に心からの祝福を!
今後のさらなる活躍をお祈りしています。

[基本情報]
タイトル:『アクアリウムは踊らない』
作者:橙々(※パブリッシング:Gotcha Gotcha Games)
クリア時間:3~4時間
対応プラットフォーム:Windows、ブラウザ
価格(税込):無料

◇ダウンロード・プレイはこちら
・Steam

・BOOTH(※pixiv ID必須、投げ銭版あり)
https://daidaitaiyaki.booth.pm/items/5476556

・PLiCy(ブラウザ版)
https://plicy.net/GamePlay/173521

・ふりーむ!(※前編から完成版に更新予定)
https://www.freem.ne.jp/win/game/20774

  • シェループ(@shelloop

    様々なゲームに手を伸ばしたがる人。2D、3Dのアクションと手強めの戦略シミュレーションを与えると喜びます。

    Webサイト:box sentence